宗教と文学(香川浩彦)

 

⑦遠藤周作氏について(作品の広げた波紋)

 

遠藤氏はある時期、えらくカトリック教会から嫌われたようです。それは氏が作品を通して描くキリストがカトリックの教義に適わなかったからに他なりません。曰く、「それはこの婚姻の席でイエスが「水を酒に変えた」という象徴的な出来事の意味である。 聖書の中ではイエスの奇跡として語られているこの行為は、実はイエスと弟子達との関係を暗示しているのだ。」 (イエスの生涯) 「イエスは群衆の求める奇跡を行なえなかった。我が子を失なった母の手をじっと握っておられたが、奇跡などはできなかった。」 (同) 「現実に無力なるイエス。現実に役に立たぬイエス」 (同) 「現実には力の無かったイエス。奇跡など行なえなかったイエス。」(同)等々。これらのイエス像がカトリックの教えるキリストにそぐわなかったからです。

第二バチカン公会議「教会憲章」58によると、ヨハネによる福音書第二章のカナの奇跡のエピソードの史実性は当然の前提とされています。つまり、遠藤氏は第二バチカン公会議の教えをはっきりと否定していると言えます。 さらにカトリック教会では、(教会法1369条、1371条)によって、信徒が公けに教会の指導権の教えを否定するような言論を発表することを禁じています。

このようなことから、遠藤氏はカトリックから、非常に敬遠された時期があったということです。また、教会によってはその著書が禁書として、信徒に読まないようにと規制されたという話しも聞いています。

私はこのような経緯と事実を鑑みると、果してこれは現代なのかと疑ってしまいます。ただ、遠藤氏はカトリックという組織の一員なのですから、もし仮にバチカンの権威とその規制が極めて厳重であれば、処罰(破門)の対象であったでしょうし、そのような事実がなかったことから見ると、それはどのような理由によるのかは分かりませんが、事実はバチカンが遠藤氏の所業を大目に見たということでしょう。

 

カトリックは全体主義か?

 

私はこの問題にむしろ、バチカンよりも、教義という枠内に留まって、人間の思惟の自由を束縛しようとする、おおよそ不可解な、宗教ファシズムとでも呼びたいような全体主義の脅威を感じます。但し、そうしたものが宗教だとするなら、確かにそれに対しては何の反論も抱くことは出来ません。ある一定の宗教団体の枠組みの中に納められ、その教義を守り、教会に対しては完璧な恭順の意を示すことがいわゆる宗教(特にカトリック)ならば、それに対しては私も組織の一員ですから、何ら反乱を起こすことも、意義を唱えることも出来ないわけです。

  しかし、現状はそうではありません。カトリックの中にはプロテスタント的信仰を持つ者もいれば、現に著名な神父様の中で、おおよそカトリック的でない、むしろプロテスタント信者に共感され、なおかつ信奉される方々もいるほどです。そんな現状の中で頑なにカトリックの教義を守り続けることが是か非か。これは個人の自由ですから、私の立ち入ることではありません。しかし、繰り返しますが、カトリックの現状はもはや、バチカンの教義を隅から隅まで守る信徒で溢れているわけではもちろんなく、教義の内容を深く理解している信徒が多いわけでも当然なく、いや、それどころか教皇の名前も知らない者すら多くいるという現状があります。そうした中で遠藤氏の所業を非難したり、教義の枠内に留まることを深く強要することが果たして信仰にとっていいことなのかどうか。私にもよく分かりません。ただ、こうしたことを安易に考えるのではなく、深く突きつけられた、むしろ信仰の深い問いとして自らの裡に真摯に問い続けることだけはキリスト教徒(カトリック)として必定のことかと思われます。

 

文学者にとってのカトリック

 

通常、神は概念と捉えられます。とりあえず、目に見える物でない限り、このことに口角泡を吹いて、反論するのも徒労というものでしょう。
 概念というからには現実的でないということですが、私はこの、「神は概念」という捉え方に対して、徹底した(くさび)を打ち込み、論を覆したのがパウロだと思っています。
 「もはや、生きているのは私ではない。キリストが私の裡にあって、生きているのである」(ガラテヤの信徒への手紙2・11・21)という言葉はイエスがパウロに憑依し、いや、パウロがイエスに憑依し、キリストの言葉を時を超えて我々に語っているように思えます。

他の福音記者に比べてパウロの言葉が極めてリアリティを帯びているのはそこに理由があるのです。つまり、パウロの言葉は「御言葉を肉化した」ということが言えると思います。従って、「神はその独り子をお与えになったほどに世を愛された」(マタイ3・16)という言葉が恰も信仰的真実のように私たちの胸を打つのです。
 さて、パウロ教の遠藤氏はこれらのことを自らの問題として捉え、当然、肯定していることと私は思いますが、しかし、パウロ教と呼ばれること自体、遠藤氏がカトリックとしては傍流の立場にいるということを示しているのです。
 「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため、十字架を背負ったのだ」
 有名な「沈黙」の一場面、踏み絵を前にうろたえるロドリゴの耳元にキリストが声をかける場面です。この場面について、遠藤氏は「ロドリゴの最後の信仰はプロテスタンテイズムに近いと思われるが、しかし、これは私の今の立場である」と後書きに書いています。そしてこの宣告は遠藤氏が「バチカン」をすっ飛ばして、自らの信仰告白を行なったということなのです。

カトリックの場合はカトリシズムを守らなければ、カトリックと言えないのですから、「沈黙」執筆のさいの氏はまさに小説家として、矛盾の真っ只中にあり、カトリシズムなど眼中になく、自らの、幼い頃からの、悶々とした信仰の告白を生身の声として、否も応もなく世間に(さら)したということになります。
 氏の最後の作品が「深い河」だったということは極めて象徴的なことでしょう。幼い頃、本人の意志なく、着せられた見知らぬ服がいつの間にか自分の身につかないと知り、能う限り寸法に合うようにと努力しながらも、結局は極めて激しく自覚的なカトリック信仰を持ったかどうか、私には怪しい限りです。その答えが「深い河」でしょう。
 パウロ・遠藤周作はパウロと同じく十字架にしか興味のない人間でした。それが純然たるカトリック信徒だったかどうか、私には分かりません。何しろ、私も十字架にしか興味がないのですから。

「パウロは、「私達の罪のために十字架上で死んだ」キリストへの信仰において、私達の旧い自我が滅びる、そして私達を本来の私達として生かすキリストの働きが、私達の真の主体となる、と説くのである。(中略)彼は信じたときに、旧い自我の崩壊と、キリストが自己の真実の主体としてあらわになったこととを、体験し自覚したのだ。旧い自我は滅び、新しい生が成り立った。それはまさしく「救い」であった。「パウロ・29頁」(八木誠一)」。

この八木氏のパウロ観は私が全く賛意するものですが、遠藤氏は「イエスの本質がキリストである」という言葉を遺しています。この遠藤氏のキリスト観は八木氏のパウロを通したキリスト観と通底するものだと思われます。何故なら、イエスの十字架を仰ぎ、イエスが死んだ意味を問い、その意味を見出し、これ即ち、自らの科(罪)ゆえだと心に感じ取り、「焼き印を押されたように」なって、あの超人的な宣教活動を行なったのがパウロだからです。パウロにとって、イエス・キリストは観念ではありませんでした。現実そのものでした。そして、イエス・キリストを現実そのものと解釈し、或いは体現した者にとって、カトリックは異教の如く感じられるものなのです。

遠藤氏がカトリックの典礼や教義に関心がなかったという事実は著書によって広く知られています。むべなるかなと思います。十字架にしか興味がなかったからです。

 

追記=しかしながら、信仰とは長い年月を通して、知らず知らず心に刷り込まれるものです。従って、遠藤氏も、かく言う庶民の私も、カトリック者である限り、むしろ自由な立場を堅持することが文学者として誠実であるという思念を持ちながらも、むしろその誠実さによって、カトリックの神髄を不本意であるかないかに拘わらず、心に宿してしまうという皮肉な現象が起きることを心ならずも明記しておきます。

 

護教文学と遠藤作品

 

文学者(アマチュアも含めて)はより自由な立場で「私とは何か、或いは人間とは何か?」という命題を自らの内面に突きつけ、それを凝視します。でなければ、合評会において、自らの作品を周囲からあれやこれやと、まるで文字通り「まな板の鯉」のように完璧に外科手術される宿命に堪えられないからです。

その宿命に堪えるために文学者はより冷厳に冷徹に真摯に自らの内面を凝視め、作品を創造し、提出します。そのため、文学者は日頃より、知性、理性、情緒(メンタリティー)、感性、想像性を鍛え上げ、そうした周囲の批評に堪え得るような作品を仕上げようと努力します。よしや、その作品が決して優れた作品でなかろうとも、文学者は日々の生活の中で、より自由な立場で自らの内面を凝視し、それとともに周囲の雑獏な人間世界を観察しようとします。

その場合、文学者は当然、自らの感性、価値観で対象を視るわけですが、特定の思想・価値観(例えばマルクス主義、キリスト教、仏教などの宗教)では視ません。仮に視る場合であっても、それはその枠内に囚われた、ある限定された価値観で視るのではなく、あくまで相対的な立場を取るでしょう。何故なら、相対的な眼差しを持った作品でなければ、主観的な、偏った作品になる危険性を孕みますから、そうした作品は日本文学の歴史を見ても分かるとおり、決して傑作とはなり得ないのです。(「蟹工船」(小林多喜二)「死線を越えて」(賀川豊彦)「氷点」(三浦綾子)などの秀作もありますが、それは彼・彼女らの特殊な優れた才能によるものでしょう。普通は主義・主張を作品に盛り込み過ぎると、護教文学と評価され、決して普遍的な、人間全般の怒りや悲しみを扱った作品とは評価されない性質を持っています。遠藤周作氏の優れた一連のキリスト教文学は氏の相対的な眼差しによる傑作と言えます。

 キリスト教文学はその言葉、所謂、概念自体が矛盾を孕んでおり、成立しないジャンルであるという文芸評論家もいるほどです。つまり、これは護教文学ということでしょう。そしてこの護教文学という言葉はキリスト教の性質、いわんやアキレス腱を含んでいるとも言えます。何故なら、柵の中で飼い慣らされた羊よろしく、いや、それすら気づかないキリスト教徒がいるとしたら、そのことを描く文学が果たして傑作となり得るか、甚だ疑問だからです。懐疑と煩悶のない文学が果たして成立し得るでしょうか。護教文学という極めて意味深な、考えようによっては極めて滑稽な名称はまさにキリスト教そのものの性質をも示しているのです。つまり、アキレス腱なのです。

しかし、遠藤氏の作品はその護教である障壁を乗り越えました。今日、遠藤氏の作品が信徒ばかりでなく、日本のキリスト教徒でない、一般の人々、さらには国際的にも評価されて、昨年は映画化「沈黙」(マーチン・スコセッシ監督)されたことも、氏の作品が護教でないことを示している証左なのです。

遠藤氏の次の発言は自らの文学があくまで文学という自由な発想のもとに書かれていることを主張すると同時に護教文学なるものが持つ、ある種の閉鎖性による、まぎれもないそのことによって、イエス・キリストという歴史上唯一無二の絶対的であるとともに自由且つ普遍的な存在性を他でもなく護教文学そのものが歪めているという密かな批判をも含んでいるのです。

「うそを書いて無理やりにキリスト教証明の方に持って行くような護教小説は、本当のキリスト教作家の書くべきものではないんです。(中略)無理やりにどうです、きれいでしょう、立派でしょうというのは、文学を歪めるから、しませんよ」(私にとって神とは・190頁)。