宗教と文学(香川浩彦)

 

⑤文学者はアウトサイダーである

 

文学者は程度の差こそあれ、アウトサイダーです。つまり、「人間は最も良く飼い慣らされた家畜である」というカラクリをよく知悉している人間です。ずいぶんネガティヴな言葉ですが、社会を維持するために不可欠であり、人間は立派(●●)()家畜(●●)でなければ、良き社会を形成できないという意味合いになります。文学者は概ね、この社会を外から眺めて、或いは中に入って、行きつ戻りつ、自覚しながら、人間の存在を、その本質を凝視し、見極めながら、凡ゆる事を相対化しつつ、作品を深め、成立させて行くことになります。

大江健三郎氏は、作家というものは「基本的に《属さない》ところの人間」(大岡昇平の人と作品)と語り、石原慎太郎氏は「常識と非常識の境界を行きつ戻りつしている人種」と述べています。

さらに、吉本隆明氏は「詩とは何か」の中で、「少なくともその瞬間だけは、私は自分をこの社会の局外に立たせているのだ」と書き、トーマス・マンに至っては「創造する者になりきるためには死んでいなければならぬということなど一向にご存じない小人(●●)ども(●●)を心から軽蔑したのである」(トニオ・クレーゲル)と、あっさり柵の中の家畜を小人と言ってのけ、平然としているのです。
 我が遠藤周作はどうだったでしょうか。彼は苦しんだ人でした。カトリック教会に籍を置き、プロテスタントと見まがう小説を書き、日本的キリスト教を提唱し、最後は東洋と西洋の融合する象徴としてのガンジス川を舞台に輪廻転生の物語を書きました。

彼は結局、カトリックを意識しながら、キリスト教小説を書き、「宗教を持った作家は自分の作品に描かれた悪の描写、汚れた世界が読者を罪に誘わないかという(おそ)れを持つのです」(宗教と文学)という責任と警戒感を口にしていましたが、いみじくも、彼の代表作「沈黙」でアウトサイダーになったのです。

何故なら、踏み絵を前にうろたえるロドリゴに囁くイエスの言葉「踏むがいい」は少なくとも遠藤の言葉だからです。彼はこの瞬間、カトリックを離れました。つまり、この瞬間、彼はカトリック的に言えば「作品に描かれた悪の描写、汚れた世界が読者を罪に誘わないかという惧れ」を持ちながら、作家としての自由な立場から、或いは誠実な立場から、毅然と描いてしまったからです。この瞬間、彼は作家でした。つまり、アウトサイダーでした。

 

 カトリックにして、アウトサイダーという宿命

 

アウトサイダーとはつまり、どこにも属さず、極めて主我的、個人的な感性、価値観で行動する者のことですが、「日本人はキリスト教を信じられるか」(遠藤周作対談集)の中で、多少の逡巡はありながらも、堀田雄康神父は遠藤氏について、「遠藤さん、はっきり言って、あなたのキリスト像は主観的なキリスト像なんですね」(190頁)と言い、「一般のカトリック信者の間には一つの疑問があるんですよ、遠藤さんはまだカトリックなのか、彼はいったい何を信じているのか、と、いった……」(211頁)等、遠藤氏のカトリック信徒としての信仰の在り方について疑問を呈し、次のような問題提起をして、カトリック信徒でありながら、自由の徒であるはずの作家業を続けねばならない遠藤周作氏の心を揺さぶるような質問を続けているのです。

つまり、「カトリック者の場合、その主観的理解が信仰共同体である教会の客観的理解とつながっているかどうかということ、あるいはその客観的理解を受け入れる姿勢にあるかどうかということが問題なのです」(211頁)という質問です。これに対し、遠藤氏は「カトリック教会の示す客観的なキリスト像というものは、愛であり、復活であり、神の子だというこの三つに尽きると思う」(211頁)と述べ、一応のカトリック信徒としての心構えを示しながら、「おそらく普通の日本人ならば持つだろうキリスト教への疑問というか、そういうものを古めかしい神父さんたちのように避けないで、それを日本人として背負っていこう、通り抜けて行きたい」(211頁)として自らの決意を語っているのです。ここに私は遠藤氏らしい、控えめながらも、実に頑固で堅実で誠実な文学者としての自負と覚悟を見ます。そしてこの自負と覚悟はそのまま文学者という、「基本的に《属さない》ところの人間」(大江健三郎)というアウトサイダーとしての宿命を負いながらもカトリック信徒であるという矛盾を苦しみながらも生き抜いた遠藤氏の生き様を見るのです。

 

 

遠藤周作について⑬文学者にとってのカトリック

 

通常、神は概念と捉えられます。とりあえず、目に見える物でない限り、このことに口角泡を吹いて、反論するのも徒労というものでしょう。
 概念というからには現実的でないということですが、私はこの、「神は概念」という捉え方に対して、徹底した(くさび)を打ち込み、論を覆したのがパウロだと思っています。
 「もはや、生きているのは私ではない。キリストが私の裡にあって、生きているのである」(ガラテヤの信徒への手紙2・11・21)という言葉はイエスがパウロに憑依し、いや、パウロがイエスに憑依し、キリストの言葉を時を超えて我々に語っているように思えます。

他の福音記者に比べてパウロの言葉が極めてリアリティを帯びているのはそこに理由があるのです。つまり、パウロの言葉は「御言葉を肉化した」ということが言えると思います。従って、「神はその独り子をお与えになったほどに世を愛された」(マタイ3・16)という言葉が恰も信仰的真実のように私たちの胸を打つのです。
 さて、パウロ教の遠藤氏はこれらのことを自らの問題として捉え、当然、肯定していることと私は思いますが、しかし、パウロ教と呼ばれること自体、遠藤氏がカトリックとしては傍流の立場にいるということを示しているのです。
 「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため、十字架を背負ったのだ」
 有名な「沈黙」の一場面、踏み絵を前にうろたえるロドリゴの耳元にキリストが声をかける場面です。この場面について、遠藤氏は「ロドリゴの最後の信仰はプロテスタンテイズムに近いと思われるが、しかし、これは私の今の立場である」と後書きに書いています。そしてこの宣告は遠藤氏が「バチカン」をすっ飛ばして、自らの信仰告白を行なったということなのです。

カトリックの場合はカトリシズムを守らなければ、カトリックと言えないのですから、「沈黙」執筆のさいの氏はまさに小説家として、矛盾の真っ只中にあり、カトリシズムなど眼中になく、自らの、幼い頃からの、悶々とした信仰の告白を生身の声として、否も応もなく世間に(さら)したということになります。
 氏の最後の作品が「深い河」だったということは極めて象徴的なことでしょう。幼い頃、本人の意志なく、着せられた見知らぬ服がいつの間にか自分の身につかないと知り、能う限り寸法に合うようにと努力しながらも、結局は極めて激しく自覚的なカトリック信仰を持ったかどうか、私には怪しい限りです。その答えが「深い河」でしょう。
 パウロ・遠藤周作はパウロと同じく十字架にしか興味のない人間でした。それが純然たるカトリック信徒だったかどうか、私には分かりません。何しろ、私も十字架にしか興味がないのですから。

「パウロは、「私達の罪のために十字架上で死んだ」キリストへの信仰において、私達の旧い自我が滅びる、そして私達を本来の私達として生かすキリストの働きが、私達の真の主体となる、と説くのである。(中略)彼は信じたときに、旧い自我の崩壊と、キリストが自己の真実の主体としてあらわになったこととを、体験し自覚したのだ。旧い自我は滅び、新しい生が成り立った。それはまさしく「救い」であった。「パウロ・29頁」(八木誠一)」。

この八木氏のパウロ観は私が全く賛意するものですが、遠藤氏は「イエスの本質がキリストである」という言葉を遺しています。この遠藤氏のキリスト観は八木氏のパウロを通したキリスト観と通底するものだと思われます。何故なら、イエスの十字架を仰ぎ、イエスが死んだ意味を問い、その意味を見出し、これ即ち、自らの科(罪)ゆえだと心に感じ取り、「焼き印を押されたように」なって、あの超人的な宣教活動を行なったのがパウロだからです。パウロにとって、イエス・キリストは観念ではありませんでした。現実そのものでした。そして、イエス・キリストを現実そのものと解釈し、或いは体現した者にとって、カトリックは異教の如く感じられるものなのです。

遠藤氏がカトリックの典礼や教義に関心がなかったという事実は著書によって広く知られています。むべなるかなと思います。十字架にしか興味がなかったからです。

 

追記=しかしながら、信仰とは長い年月を通して、知らず知らず心に刷り込まれるものです。従って、遠藤氏も、かく言う庶民の私も、カトリック者である限り、むしろ自由な立場を堅持することが文学者として誠実であるという思念を持ちながらも、むしろその誠実さによって、カトリックの神髄を不本意であるかないかに拘わらず、心に宿してしまうという皮肉な現象が起きることを心ならずも明記しておきます。

 

作品の広げた波紋

 

遠藤氏はある時期、えらくカトリック教会から嫌われたようです。それは氏が作品を通して描くキリストがカトリックの教義に適わなかったからに他なりません。曰く、「それはこの婚姻の席でイエスが「水を酒に変えた」という象徴的な出来事の意味である。 聖書の中ではイエスの奇跡として語られているこの行為は、実はイエスと弟子達との関係を暗示しているのだ。」 (イエスの生涯) 「イエスは群衆の求める奇跡を行なえなかった。我が子を失なった母の手をじっと握っておられたが、奇跡などはできなかった。」 (同) 「現実に無力なるイエス。現実に役に立たぬイエス」 (同) 「現実には力の無かったイエス。奇跡など行なえなかったイエス。」(同)等々。これらのイエス像がカトリックの教えるキリストにそぐわなかったからです。

第二バチカン公会議「教会憲章」58によると、ヨハネによる福音書第二章のカナの奇跡のエピソードの史実性は当然の前提とされています。つまり、遠藤氏は第二バチカン公会議の教えをはっきりと否定していると言えます。 さらにカトリック教会では、(教会法1369条、1371条)によって、信徒が公けに教会の指導権の教えを否定するような言論を発表することを禁じています。

このようなことから、遠藤氏はカトリックから、非常に敬遠された時期があったということです。また、教会によってはその著書が禁書として、信徒に読まないようにと規制されたという話しも聞いています。

私はこのような経緯と事実を鑑みると、果してこれは現代なのかと疑ってしまいます。ただ、遠藤氏はカトリックという組織の一員なのですから、もし仮にバチカンの権威とその規制が極めて厳重であれば、処罰(破門)の対象であったでしょうし、そのような事実がなかったことから見ると、それはどのような理由によるのかは分かりませんが、事実はバチカンが遠藤氏の所業を大目に見たということでしょう。

 

カトリックは全体主義か?

 

私はこの問題にむしろ、バチカンよりも、教義という枠内に留まって、人間の思惟の自由を束縛しようとする、おおよそ不可解な、宗教ファシズムとでも呼びたいような全体主義の脅威を感じます。但し、そうしたものが宗教だとするなら、確かにそれに対しては何の反論も抱くことは出来ません。ある一定の宗教団体の枠組みの中に納められ、その教義を守り、教会に対しては完璧な恭順の意を示すことがいわゆる宗教(特にカトリック)ならば、それに対しては私も組織の一員ですから、何ら反乱を起こすことも、意義を唱えることも出来ないわけです。

  しかし、現状はそうではありません。カトリックの中にはプロテスタント的信仰を持つ者もいれば、現に著名な神父様の中で、おおよそカトリック的でない、むしろプロテスタント信者に共感され、なおかつ信奉される方々もいるほどです。そんな現状の中で頑なにカトリックの教義を守り続けることが是か非か。これは個人の自由ですから、私の立ち入ることではありません。しかし、繰り返しますが、カトリックの現状はもはや、バチカンの教義を隅から隅まで守る信徒で溢れているわけではもちろんなく、教義の内容を深く理解している信徒が多いわけでも当然なく、いや、それどころか教皇の名前も知らない者すら多くいるという現状があります。そうした中で遠藤氏の所業を非難したり、教義の枠内に留まることを深く強要することが果たして信仰にとっていいことなのかどうか。私にもよく分かりません。ただ、こうしたことを安易に考えるのではなく、深く突きつけられた、むしろ信仰の深い問いとして自らの裡に真摯に問い続けることだけはキリスト教徒(カトリック)として必定のことかと思われます。