離婚騒動があって、
私はとても変化しました。
というか、変化せざるを得ない状況に
追い込まれたから変わるしかなかった。
でも、このことに関しては、
夫に感謝をしています。
こんなことでもなければ、
変われなかったから。
多分、きっと楽な方、楽な方に行こうと
していたのは私も同じだったからです。
もちろん!
自分では子ども2人のことに必死で、
家族を守ることに必死で、楽な方に
行っていたとは全く思っていません
でした。
でもね。
私はとても家族にこだわっていたから、
その
家族のためなら
なんでもやる
っていうスタンスがこのことを
引き起こしてしまった気がするんです。
夫の真の姿に気づかなかった
夫がどういう方向へ進んでいるのか
見ようとしていなかった
夫が変わってくれるものだと信じて
変わってほしい、と言い続けた
信念は時として、自分を縛ります。
揺らがないブレないということは
とても大切だと思うし、実際にそういう
方を見ていて尊敬もしているし、
今も自分はブレたくないと思いますが、
誤った方向へ行こうとしているのに
自分らしくいられないのに
それを続けると
それはもう信念というより
呪縛になってしまうんですよね。
このことは難しすぎて気づかなかった。
私にとって、それだけ
家族のカタチは
とても、とても大切なものだったからです。
それだけ大切なものが壊れようとして
いたから、必死で自分と、自分の家族と
向き合ったんだと思います。
離婚。
その人にとって離婚がどれだけのもの
なのか、どう感じているかは
わかりません。
私にとってはとてもとても
大きなことだった。
絶対に離婚はしたくなかったからです。
↑
この考えも自分を縛ってたんですね。
一番大事なことは、自分を愛して
そして家族を愛して守ることだった
と思う。
でも、肝心な
一番自分を愛す
ということを
封じ込めちゃったんだと思います
自分の欲には忠実でしたよ(笑)。
でも、愛してたからじゃない。
楽な方向に行こうとしてただけだ
って今はわかります。
家族のため
という理由をつけてた。
上の子どもは、自分を愛せなくなっている。
私の責任です。
だって私が私を愛してないんだから
そうなって当然です。
人が愛している自分になろうとしてた
んじゃないか、っって思います。
夫が愛してくれる
妻でいたかった
だけど、本当の自分が迷子になって
しまったんだと思います。
そのストレスが大いにあり、
見極める目を、直感を、自分らしさを
失わせていったんだと思う。
夫のやったことは間違ってます。
ただ、私がやってきた行動も
間違っていたことがあった。
反省です。
自分をやっと
解放できる