しばらく落ちておりました。
blog upする気力も無くて…。
相続の手続きが終わらなくて、なんと言うか宙ぶらりん…な感じが気持ち悪くて。
トラブルメーカーに関わる物は全部トラブルメーカー名義の家に残して。舅(ちち)の残した作品や書物、舅(ちち)の家に伝わった書画、私共家族で誂えた物だけを持って、隣地の新居への引っ越しでした。トラブルメーカーが老健に入所からの特養へ入所して、トラブルメーカーの住民票は動かさずに家屋の管理は私共家族がして居ましたが、トラブルメーカー名義家屋にも家財にもなんの未練も思い入れも無く、むしろ負担でさえありました。
断熱材と言う観念の無い、冬寒く夏暑い、間取りも家事動線を全く無視した暮らし辛い家で御座いました。
その上。奥隣の無理な盛土で家屋は傾き、壁にはヒビが入り、サッシは閉めても隙間が出来て、そこからの害虫や不快生物の侵入。隙間風。雨漏り。そんな諸々の不快指数の高い暮らしでありました。
けれど。
舅(ちち)とトラブルメーカーの建てた家。主人兄弟の育った家。舅(ちち)の世代から主人へ、やがては一人娘の我が子に伝えて行くもの…と、その思いで。暮らし辛い家を工夫しながら、やがては増改築等を視野に維持。一生懸命廊下を磨き上げて居たのです。
舅(ちち)名義の時から、主人の収入(つまりは私共家族の家計)で、家屋の維持費・火災保険・固定資産税・水道光熱費に通信料を含む公共料金・食費を含んだ全ての生活費、を賄っておりました。
行政の上下水道が設置されたのを切っ掛けとして行ったリフォームのローンも主人が組み、舅(ちち)名義からトラブルメーカー名義に変わっても、支払いは主人通帳から引き落とされておりました。
当然。舅(ちち)が亡くなって主人とその弟(息子二人)が相続放棄して、トラブルメーカー名義になっても、主人が上記の全てを賄い、家族としてトラブルメーカーと暮らして居たのです。
一銭たりとも、生活費として舅(ちち)やトラブルメーカーから家計を助けて貰った事はありません。
それが、舅(ちち)が亡くなってから、家は私の物(名義)だと主張。私の思い通りに動けと、私の言う事を全て通せと、それが叶わないなら出ていけと。私共家族を隷属する為の恫喝に、トラブルメーカーは自分名義の家を利用する様になりました。
挙げ句の果てに、「息子(主人)が自分の年金を狙って居る」と、あらゆる所に吹聴する様になって。トラブルメーカーとの暮らしを続けて行く事に、とうとう主人の気持ちが折れてしまいました。
そこから、トラブルメーカーと暮らしを別にする…と言う将来設計に私共家族は動きだしました。
トラブルメーカー名義の土地の隣地(主人名義)のローン支払いが完済。主人の定年退職時に焦点を当て、それまでに新居が完成する様に。娘がローンを組み、主人名義の土地の上に娘名義の家を建てたのです。
2018年、新居完成。
暮らしを別にしてからは、トラブルメーカー宅の固定資産税も火災保険も水道光熱費を含む公共料金も、全部トラブルメーカー名義の通帳からの引き落としに変えて頂きました。食費や介護医療費は、トラブルメーカーから此方が預かったお金で賄い、出納簿管理しておりました。
それでもマイナスにはならず、そこそこ残って通帳残高が増えて行って居たので、それなりの年金額であると思います。しかも、その殆どが非課税の亡くなった舅(ちち)の遺族年金です。舅(ちち)が亡くなった当時、年金が少なくなったと罰当たりな発言をして、主人を怒らせました。生活維持費を長男に丸投げして、それでTV通販を買いまくり、食べたいおやつを買いまくり。時々プチ家出。ホテル連泊。なんと贅沢な、そして浅ましい伴侶亡き後の老後でしたでしょうか。
トラブルメーカーが亡き後。
トラブルメーカー起因で仲違いして居た義弟へ連絡しても、トラブルメーカーの葬儀供養に一切関わらず、財産も好きにしてくれとの申し出。
しかしながら、財産放棄と言っても手続きが御座います。
司法書士さんにお願いした書類を送付して署名捺印して貰わなくてはなりません。
義弟本人の言うには、実印は貸金庫に預けて居て、月一しか銀行に行かないので、時間が掛かるとの事。
書面が返送してくるのに、本当に一月掛かりました。
実際。
私共家族は、トラブルメーカー名義の土地家屋家財になんの未練もありません。むしろ負担です。
トラブルメーカー生前は行政や医療介護の窓口として、主人はトラブルメーカー宅を管理しておりました。私共家族は、郵便物の受け取り確認をして、掃除もするし、使用しないのでガスは止めて貰い、残して居る電気の公的点検には立ち会いましたし、古くなって壊れた物の処理もしました。
例え相続したとしても、雨漏り隙間風の傾いた家の利用法は無く、更地にする為に家を引き倒すしか方法はありません(リフォームの方が高額になると言われて居ます)。家屋の解体費用も只ではありません。固定資産税は当然として支払わなくてなりませんし。
本当に負担です。
相続するもしないも早く決めて手続きが終わって仕舞わねば、手がつけて良いのか悪いのか。トラブルメーカーの私物の処理にも躊躇します。この宙ぶらりん状態がとても滅入りました。blog upする気にもなれませんでした。
そんな中、既にTVは一台も無いにも関わらず、屋根に残って居たTVアンテナが劣化から倒れてしまい、強風などで飛んだりして御近所に御迷惑をおかけする事も危ぶまれ、放っておく訳にはいかないので、此方の手出しで業者さんに頼んで撤去して貰いました。ついでに、残って居たパラボナアンテナも一緒に撤去して頂きました。
結局、義弟は遺留分さえ拒否して、一切の相続を放棄しました。それ程迄に、トラブルメーカーに関わりたく無いと言うのが、彼の本音なのでしょう。彼の伴侶の家族とは付き合って居る様子なので、よほどの気持ちがあるのではないでしょうか。
一度、我が家を飛び出て義弟の元に転がり込んだトラブルメーカーでしたが、一ヵ月ちょっとで戻って来ました。本当ならば、帰って来れる様な状態ではありませんでしたが、これ迄もプチ家出を繰り返して、その度に何事も無い顔で戻って来て居たトラブルメーカー。彼女の常套手段でありました。
義弟とトラブルメーカーの別れ際にどんな修羅場があったか判りませんが、その後の義弟の様子を鑑みれば推して知るべし…です。
義弟の元より届いた書類で手続きが完了して、すべては主人が相続する形となり、昨日司法書士さんに出来上がった相続や登記の書類を受け取り、司法書士さんへの報酬も支払って来ました。
その足で銀行にも伺ってトラブルメーカーの預金の相続の手続きを致しました。精査に一週間程掛かるとの事ですが、これで大方の手続きが完了しました。5ヶ月掛かりました。
肩の荷がおりました。
実は、数週間前に右足の小指骨折してしまいました。
これで、足三度と手一度…の骨折。粗忽者です( ´△`)。
自分の愚かさにうんざりします。
その中でも、博多座観劇には参りましたし、週末にはライヴ参戦も予定して居ます。おば(あ)ちゃんはパワフルです。だって私も主人も、後二~三十年の人生。トラブルメーカーにスポイルされた分、人生を楽しみたいと思っております。
呆れる程の量のトラブルメーカーの私物。
片付けにかなりの労力と金額が必要です。
それが済んでからの解体工事。
まだまだ、トラブルメーカーとは縁が切れませんね。
多分、義弟とはこれで縁切りになると思います。
主人が何があっても連絡しなくて良いと言ってますし、あちらも何も知らせて来ないでしょう。
GWは何をしてお過ごしでしたか?
私共家族は、自宅の断捨離や片付けをしておりました。
その作業中の骨折( ´△`)。
まぁ、ポジティブシンキングで行きまっしょい。


