通夜の夜。通夜の読経が終わり、住職が帰り、職員も控えた後に、ちよちゃん長男家族3人だけで、祭壇のある部屋の隣室の宿泊設備のある部屋で、ゆっくりと献杯した。3人だけなのが気楽で、何時も通りと変わらない時間が過ごせて有難く3人は思った。
ちよちゃんの好きな資さんうどんのおはぎを買いに、早朝、長男は斎場から抜け出した。棺に入れて上げようと言う話になったので。資さんうどんは早朝から営業して居る。
宿泊施設に置いてあった色紙。中に送る言葉を書いて、折鶴にして棺に入れて故人をお見送り下さいと書いてあった。
文章として認めるにはあまりに重過ぎて、親娘は気持ちを込めて折るだけで良いよね…と、ちよちゃんの好きな色である紫と紺を選んで、一つずつ二人で鶴を折った。
ちよちゃんの告別式に、外孫長女は間に合った。
お互いの情報交換をして、告別式2時間前のお斎の席に着いた。
結局、両親の来ない事に愕然とする外孫長女だった。外孫次女に至っては、どこで何をして居るのかさえ判らない。数年前に、姉ちゃん幸せ?との意味深な書き込みをした後にSNSのアカウントも消したらしい。従姉妹であるちよちゃん内孫も、当然彼女の行方を知る筈も無い。
次男夫婦と外孫次女がコンタクトを取って居るのかさえ判らない。ただ、ちよちゃんが次男夫婦の元に転がり込んだ時に、携帯でお金の無心する次女に声を荒げて叱責する次男嫁を見たらしい。あんなに長女と差をつけて、可愛がって来たのだから、最後まで面倒見たらいいのにね。と、ちよちゃん長男家族は思ったものだ。
おそらく、次女とも関係を絶って居るのではないかと、家族は推察して居る。
ちよちゃん長男家族3人、そしてちよちゃん孫1号。
4人参列の小さな小さなお葬式。
初七日の読経も頼んで居たのだか、あまりに早く住職の読経が終わり過ぎて、参列者もスタッフも苦笑してしまった。焼香人数も少ないし、喪主親族の挨拶も無い。弔電の紹介も無い。短くなるのは当然と言えば、当然かも知れないが、それにしても、住職の読経が短かった。
火葬場の予約時間があるので出棺時までかなりゆっくりと、故人とのお別れが出来た。供花を切って送り花として、棺溢れん程に花だらけに飾った。
4人だけで、御免ね。ばあちゃんの大好きやった孫1号に送って貰えて良かったね。御免、孫3号がどこに行ったか判らん。あんたの大好きやった次男も来ん。しょうがないね。ばあちゃんの人生の結果やけん。そんな事を口々に花いっぱいにちよちゃんを飾った。
ドライでクールな孫1号が、送り花をしながらさすがに泣いた。長男夫婦はそんな娘に少しほっとした。
ちよちゃんは92歳だったが、歯が強かった。若い時は、瓶の王冠を歯で開ける程だった。鶏肉の軟骨が好きで、コリコリと音を立てて美味しそうに食べて居た。家族の食べた後の鶏肉の骨に軟骨が残って居たら、それ頂戴と言う。え、食べ残しよ、残飯よ。と、言っても、軟骨が残ってるやん、勿体無いやん、とちよちゃんはコリコリと軟骨を噛って居た。
そんな話を打ち合わせで話した事を覚えて居てくれたスタッフが、骨付き鶏の唐揚げを棺に入れる様に用意してくれた。家族、特に長男の嫁は有難くて泣いた。ばあちゃん、食べながら天国行ってね。と、素直に家族は言えた。
出棺までに時間があったので、棺を囲む様に椅子を設置して長男家族と孫1号に、あったかいお茶をスタッフが用意してくれた。
出棺。
霊柩車に長男。後追いで、自家用車に残りの3人が乗り込む。
ちよちゃんは遂に、お骨になった。
ちよちゃんが火葬炉に入る時、長男嫁は号泣した。そんな長男嫁の背中を孫1号がずっと擦って居た。
あっけなく白骨となった、ちよちゃん。
収骨で、92にしてはしっかりとした密度の高い骨に、医療従事者である孫2号は驚いて居た。
しかも、下顎と上顎の固さに驚いた。
うちは、歯が強いから。火葬場で焼かれても歯だけ残ってガチガチ言うよ。と、本人が常に言って居た事を思い出す。
いっぱい毒を吐いた口だった。軟骨が大好きで噛るのが好きだった。さすがにガチガチは言わせきらんやったけど、やっぱり顎の骨は強かったね。そう、4人は言い合った。
ちよちゃんは生前、自分で入る骨壷を手に入れて居た。
仏画の描かれた作家物で、望み通りにその骨壷に収骨された。
ちよちゃんの骨壷を受け取って、4人は帰路に着いた。途中、最寄りの駅で孫1号を降ろす。
孫1号は、当日ホテルに泊まり、翌朝に飛行機で自宅に戻るそうだ。
ちよちゃんは執着して居た自分名義の家に戻った。
家族は、仏間に斎場から貰った中陰祭壇を組み立てて、お骨、野位牌、遺影を安置した。
手を合わせ後、3人は長男嫁が密かに嘉雅美荘と読んで居る隣地の自宅へ戻る。
市の福祉課まで行って、ちよちゃんは自分の年金を長男が狙って居ると騒ぎ立て、呼び出しを受けた長男夫婦。
それは、長男が年金を受け取る様になったら、今の様に自由にちよちゃん自身の年金を使えなくなるよ。少しは生活費を出して欲しい(その時点では、すべての生活費と公共料金、ちよちゃん名義の固定資産税は長男が賄って居た)。ちよちゃんと長男夫婦で年金を出しあって、一つ財布で小遣い制にしないかと持ち掛けた事を大きく曲解しての大騒ぎだった。
そんな事があっただけに、長男が本当に年金を受け取る年になったら、ちよちゃんとの同居は出来ないだろう?と、年金を受け取る時期に間に合う様に長男家族は新居を建てたのだ。
だから、どんな事があっても、ちよちゃんの骨壷を新居に入れる事は出来ない。
それだけは、絶対に。