おばんちゅ🐹🐹🐹
本日2回目のブログです。マサカです。
Facebookページに長々と書きました✍️
しかし驚愕の事実⚡️⚡️⚡️
FBに登録ない人が読めない⁉️
なので、この迷作を送り出すためブログにも書きます。
でも前置き長いから早く見たいFB人はこっち。
【死ぬより、変わることの安さときたら】
https://www.facebook.com/mirror24ami/posts/1744384645676244
↓FBと一緒じゃ悪いのでお絵描きしました🍀
案ずるより産むがやすしは「安し」だと思ったら「易し」でした。
そんなことはさておきこれは面白いものが書けたと思います。
真面目な話が面白くないって?
児童書みたいなものですよ。
ときに今は小川未明の作品にどハマりしています。
月夜とめがねは私も眼鏡をかける身として非常に親近感を……おや、誰か来たようだ。
まぁ、読んでみんちゃい?🐹👍✨
夜も長いしさ。
【死ぬより、変わることの安さときたら】
※本来の私の文章です。
最後まで読むと不思議と面白いでしょう。
いや、最後だけが面白いでしょう。では。
人間死ぬ気になれば…とよく聞いたけど、気持ちなんて曖昧なものでなく実際死んでしまえば嫌でも変わるものである。
私は今回のことを「1回死んだなぁ」くらいに思っている。
こんなこと不意打ちで、夢にも思ってなくて、でも生き返って見ると心構えもしてないのに勝手に色んなものが変わっていた。
変わったと言うより本来の姿が見える目を手にしたように感じる。
小川未明作の「月夜とめがね」に現れた眼鏡屋さんが、きっと私のところにも来たのでしょう。
眼鏡を買うと今度は美しい女の子がやってきて、眼鏡をかけて姿を見るとその正体は綺麗な胡蝶で…だなんていうのは物語だけでした。
新しい視界で私が見たものはもっと綺麗だったし、あるいは汚いものでした。
目まぐるしく感じました。
見えるものしか認識出来ないような、こんな目先ひとつでわかることなどほとんどないにも関わらず、
それでも
見え方が変わり――
感じ方が変わり――
思い方が変わり――
気付けば清々しく晴れやかで……
息苦しいだなんて違和感がありました。
私は周りで変わったものに目を向けるのに必死になって、気付けば私は前世の私のようにそれを見て見ぬフリをしようとしていました。
昨日たった一つのことを言うために周り道をして、間違えて、それでもやれたとわかったとき……なんでか母に褒められたのでした。
生まれ変わって初めて褒めてくれた母は――
大きな手術後に痛みを伝えても「当たり前でしょ。仕方ない」と言ったあの母は、「それがあんたの精一杯だ。よく頑張った」と私に言ったのでした。
私は久しぶりに安心しながら、また目を背けようとしていたことに気付きました。
美しく見え変わった世界にばかり目を向けて、そこに馴染むのに躍起になって蓋を開ければ磨き忘れていた私が転がっていたのです。
自分自身はどこが変わったのか、どこが変わっていないのか、どうして息苦しいのか、私はどうしたら自分でしっかりと息ができるのか。
1度死んでしまえば嫌でも変わったのだから、また何かを変えることくらい死ぬより簡単でしょう。
何より何千万円とかからない。
無料。やるだけ。
なんて安上がりなのかしら。
私ちょっと変わるわよ?
鏡井雅歌
(P.S.コレ本気で朗読するとすごく面白いと思うんだがどうよ?)
じゃ、したっけ。