徒然なるままに“アテンション・エコノミー”

加賀海 士郎

  “参道を昇る背に降る鶯語(けいご)かな” 

        蹉跎神散へ朝の散策、鎮守の森の閑静を破るが如く、一声、また一声

 

 セールスコピーに勧誘されて、うっかりするととんでもない買い物をすることがある。かく言う筆者も、お恥ずかしい話だが痛い目に遭ったことがあるのだ。

 

 情報過多の時代、売りつけようとする側も必死で考え、人心を惹き付けるキャッチコピーを編み出すのだから、まんまと引っかかったとしても別に恥ずかしい事でもないだろうが、日ごろ真面目腐ったことばかり言っている男が、年甲斐もなく、老いた我が身を元気にさせようなんて欲をかいて冒した過ちだから何とも我ながら情けない。

 現下の世の中は、目の前を何もかもがとんでもないスピードで駆け抜けていく、物であれ情報であれ、瞬時に見分けなければとんでもないことに引っ掛かるという事だが、氾濫状態の中から必要なものを的確にピックアップするには、それなりの能力が必要という事なのだろう。

 尤もそんなに慌てなくても大概のものは手に入る時代だから、他人(ひと)より良いものをと欲張ることが無ければ、ゆったりと構えておもむろに手を伸ばせば良い訳なのだが、売り手側が競争芯を煽るようにあの手この手で人心を惹き付けようとするから厄介だ。

 しかし、そんなことは百も承知と気にせずに、マイペースで時を待てばよいものを世の中が騒ぎ出すと落ち着かなくなってくるのが人の常、敵も人間心理を巧妙に衝いてくる。今や経済活動も市場に商品を並べて売り買いする単純な作業では終わらないのだ。市場に商品を並べる前に、人は何を欲しがっているのか?(ニーズを探って・・・)一昔前なら、何を商品化すればヒットするのか?あれこれアンケート調査など八方手を尽くして、これはと思うものを見つけ出し安く大量に市場に投入してブームを引き起こすという発想もあったが、何もかもが多様化し、人間の行動も多様化する時代に在っては大量生産大量消費狙いでは、目論見が外れると売れ残りも大量に生じて廃棄物や無駄なコストが馬鹿にならない。

 

 昔と違って、今はスマホやSNSの普及により、大量の情報を隅々にまで 行き渡らせることができる上、情報通信技術の進歩によりあらゆる場面での人間の行動がビッグデータとして把握できるようになってきた。何よりも集まってきた情報を瞬時に解析し、ピンポイントで個々人の行動特性を分析(プロファイリング)することも可能になってきた。

 その結果、「あなたはこの商品に関心があるのではないでしょうか?」と、好みの商品を絞り込みきめの細かいお勧め情報が届く仕組みを構築し、ネット利用者の便宜を図っているように思わせることも可能なのだ。

 

 総務省の令和5年版「情報通信白書」によると、最新のニュースを知りたい時に取る行動としては、日本人の場合、「ニュースサイト・アプリから自分へお勧めされる情報をみる」に回答が集中し、他国に比べて「複数の情報源を比較する」との回答の割合が低かったとのことだ。また、SNS等プラットフォームサービス上でお勧めされるアカウントやコンテンツは、「サービスの提供側が見て欲しいアカウントやコンテンツが示される場合がある」ことについて知っているとの回答が4割弱で他の国に比べて低い結果となった。更に、自分に近い意見や考え方に近い情報が表示されやすいことについても「知っている」と回答した割合が、同じく4割弱であったのに対し、他の3ヶ国(米国、ドイツ、中国)で7~8割だった。また、日本では年代別にみると50代及び60代以上の層は他の世代よりも「知っている」との回答割合が低かったとのことだ。

 このことは日本の年寄りはお勧めを受け入れやすく意図的に仕組まれた情報を信じる傾向にあるという事なのだろうか。

 

 筆者も高齢者の一人で冒頭に紹介したようにそんなに効果的なサプリメントを低価格のお試し価格で提供してくれるのだったら「物は試しだ」と遊び心を起こした訳だが1ヶ月ほど服用したものの期待外れだったこととお試し期間が過ぎると一気に価格が跳ね上がること、その上、前立腺癌を患いホルモン療法と放射線療法により寛解した状態の身だったことから、急に「このサプリメントはホルモン療法の効能を弱めるのではないか?」との疑念が生じ、以下の趣旨の問合せをメーカー(販売元)宛に発信しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・以下メール本文抜萃・・・・・・・・・・・・・

 

〇〇〇〇工房さま 

 今月初めからサービス料金で第一回配布の〇〇DXを服用開始しましたが、一つ気になる事が在ります。この話は服用開始する以前に確かめておくべき話だったかと思いますが、細かいことは確認するのもややこしいので試供品のつもりで購入手配しました。

・・・中略・・・ 

 実は小生は令和3年9月に前立腺癌が確認され、年齢的に外科手術は不適との判断から放射線治療を受けることになりました。その前に泌尿器科にて化学療法(リュープリン注射)を受け、ホルモン治療錠剤(ピカルタミド)の投与を受けました。

 その後も化学療法を併用する形で放射線治療を受け令和4年3月頃からは経過観察(定期的に血液検査:前立腺癌特異抗原)、を続けています。

 至近では11/10、次回は3/8ですから4ヶ月のインターバルで定期検査している身です。 

 

 目下は、特異抗原の検出は基準値4.0未満に対し、僅かに0.2~0.3弱程度ですが、そもそも化学療法というのは乱暴な言い方をすれば、男性ホルモンの分泌を薬で抑制し、癌細胞を可能な限り縮小した上で放射線照射により治療をした医学療法かと思います。それに対して〇〇DXは男性ホルモンを逆に促進増大させるものではないかと想像しますので、癌治療の方針に逆行するのではないかと気になりだしました。 

 

 それで念のため、御社にご確認し、率直なご意見助言を受けようと思いました。つまり、小生のような場合は、やはり男性機能の回復などという欲求は諦めて直ちに服用をやめるべきなのか?

 その様な心配は全くなく、続けて良いものかどうかという質問です。 

まだ、泌尿器科の主治医には相談していませんが、必要であれば早めに相談する

ことも考えようと思っています。

 

 御社の商売という事を考えれば一見、逆行するように見えますが、もし誤った判断で癌の再発などという厄介なことになればむしろ御社にとっても不本意のはずですから是非、率直なアドバイスをお願いいたします。

以上、よろしく・・・

 

 

 この問い合わせに対する回答は「…医学的な相談については主治医に相談願います」というものだったと記憶している。

(返信メールの所在が確認できないが・・・)

 とにかく、初回半額で以降は毎月の定期購買契約だったので、メーカーの不誠実には呆れたが、自身の判断を信じて主治医に相談するのも笑われそうでバカバカしくなり、購買打切りの手続きを取ったが余り他人に言える話ではないが、筆者の失敗談を“他山の石”にして頂ければ幸甚だ。

 

 ただ、幸いだったのは比較的速やかに契約打切りが出来たことだった。ネット通販の定期購入契約のトラブルについては、消費者庁広報や国民生活センターから注意喚起の情報が発信されているが、この種のトラブルが如何に多いか良く解る。逆に言えば、如何にして人の関心を引き付けて、まんまと定期契約に持ち込み顧客を囲い込もうとする通販が多いという事だろう。

 一寸先は闇?  

 中には良いものを安く手軽に届けてくれる通販サイトもあるのだろうが、一旦契約したら解約し難いあの手この手を駆使して利益を確保しようとする悪質なものもあるようだから消費者は自らそれらを見分ける能力を身に着け自衛しなければならないようだ。

 それにしても世の中には人間の欲望や他人に相談し難い悩みなどを巧妙に利用して“銭儲け”を企む輩が多いという事なのだと驚かされた。

 

 なるほど、「アテンション・エコノミー」というのは、平たく言えば情報過多で何事もスピードが問われる時代には、素早く関心を惹きつける技術(手法)が幅を利かすという事なのだ。だから人目を惹く画像や旨い儲け話、永年の悩みを簡単解決などと言った悪魔の囁きには眉に唾して耳目を塞げという事なのだ

(完)