PHP(2023年11月号)の裏表紙より、

『果断と行動』

                             加賀海 士郎

初冠雪三日遅れの富士の山”

  

  いつまで暑い日が続くのかと遅い秋の訪れが気になっていたが、お天気キャスタ―の解説によると今年の秋は短く、一気に冬がやって来るとか。最近の日本の四季は二期になるとかの噂もあるのだから困ったものだ。亜熱帯だか何だか分からないが、それでは四季の細やかな機微を感じられる大和が何処かへ雲隠れしてしまうのではと心配になる。

 

 やはり二十四節季の微妙な違いを感じ取る日本人の感性が失われてしまう、あってはならないことなのだ、大和は四季折々の星や風や草木の息吹や香りが微妙な違いとなって語り掛ける自然との対話を大切にしてきた歴史的風土があるのだなどと思いながら届いたばかりのPHP11月号の裏表紙目をやればそこには標題と共に次のようなメッセージが書いてありました。

「英雄(えいゆう)は窮地(きゅうち)に立って真価を発揮する。例えば、中国三国時代の曹操(そうそう)は、真夏の行軍で苦しんだ。兵は渇(かわ)きに苦しみ、士気は上がらない。そこで曹操は、“あの丘(おか)を越(こ)えれば梅の林があるぞ”と叫(さけ)んだ。すると、兵たちは反射的に梅の酸(す)っぱい味を思い出し、唾液(だえき)が口中に充(み)たされ、渇きを湿(しめ)らすことができたという。

 

また、織田信長(おだのぶなが)が桶狭間(おけはざま)の合戦(かっせん)で、籠城(ろうじょう)より奇襲(きしゅう)を選択、清州城(きよすじょう)から出撃(しゅつげき)したとき、随行(ずいこう)したのはわずか十騎(じゅっき)だったという。兵が集まるのを待たなかったのは、何より、速度を重んじたからだった。そうしないと奇襲にならないのだ。

危機に陥(おちい)っても活路を見出(みいだ)す人は、不足を嘆(なげ)くより、その条件下で何ができるかに照準を当てる。

・・・中略・・・

 

まだ大丈夫(だいじょうぶ)という認識(にんしき)、あてのない誰(だれ)かの支援(しえん)。そこを期待するより、危機には果断、そしてみずから行動する勇気を持ちたいものである。」

 富士は不二とも言う、それは二つとない唯一無二の姿を誇っているから古来、崇められてきたのだろう。孤高に在って凛として立つ、誰かに頼ることなく自らの責任においてそこに在るその存在感が何とも言えない魅力なのだ。それはまるで迷いのない生き様を誇っているようにも見えて見る人の心を打つのだろう、我もまたかく在りたいとの憧れであり、希望なのだろう。

 

 しかし、果たしてそうだろうか?富士山は活火山だという、あの静かなる山の深奥には大自然の熱気が封じ込められているそうだ。彼が生きた人間であれば、大いに葛藤しているに違いない、煮え滾るマグマだまりは外からは見えないがいつまでも我慢していられるものではないから果たしてすべてを吐き出して良いものかどうか悩むに違いない。

 

 宝永大噴火(1707年)以来、泰然として見える富士山は、その後、僅かな鳴動や噴気を上げて活きていることを主張しているが彼の心の内は如何なるものか。世の中を騒がせてはいけないと頑張ってくれれば良いが、地震学者の言う大地震が列島を揺るがせば、彼もまた果断に行動を起こすのか。

 否、それは彼の意志ではなく摂理なのだから備えるしかあるまい。(完)