PHP(2023年10月号)の裏表紙より、

                                                               『磁石』

                                                        加賀海 士郎

 “夏草の穂を揺らしゆく秋便り” 

 

 炎天下、灼けつくような太陽に晒(さら)されて、青かった草花もすっかり色褪(あ)せてしまい、

いつまで残暑が続くのかとやきもきさせられていたが、漸く朝の空気が秋の気配を運んで来たようだ。

 

 日が昇ればまだ暑さはぶり返すかもしれないが、今朝は夏草の穂を優しく揺らして秋の訪れを

予告するような柔らかい風が通り抜けて行く。いかにも秋の便りが故郷から届くような安らぎを報せ

るように・・・。

 

 そう言えば、二百十日も過ぎ、早場米の加賀平野ではもう稲刈りを終えているだろうか、重陽の

節句が過ぎれば一ヶ月後には秋祭りだ。三丁目の夕日を彷彿(ほうふつ)とさせるセピア色の思い

出が蘇る。

 

 嬉しくて走り回った幼き日、犀川神社のお祭りには屋台のお店が川べりの土堤にずらりと軒を

連ねる。今ほど物が豊かではなかったが、人情の厚い貧乏長屋の子どもたちのような風景がそこ

にはあった。

 僅かなお小遣いを握りしめ、子どもたちにとっては日頃のうっぷん晴らしのような秋祭りは、三日

間の天国そのものだったなどと遠い日に思いを馳せながら朝の散策から帰って手にしたPHP10月

号の裏表紙には標題と共に次のようなメッセージが書いてありました。

 

 「磁石(じしゃく)を手にして、鉄分の多い海岸や公園の砂場の中にくぐらせてみれば、砂鉄が

びっしりとついてびっくりする。

 

 おもしろいのは、人間もまた磁石のようなところがあって、ある人が集団の中に混じっていけば、

そこからたくさんの人の輪がつくり出されることもある。

それは、その人に人を惹(ひ)きつける何らかの要素が整っているからである。その何かは、洗練

された立ち居振舞(ふるま)いだったり、人一倍の情熱、無償(むしょう)の愛だったりする。

 

・・・中略・・・

 

 リーダーの強い熱意が磁石となって、集団が一丸となる。同じ興味で集まった人が互(たが)い

に磁力を引きつけ合ってチームができる。それぞれ素敵(すてき)ではないか。こうして人が集まり、

結束すれば絆(きずな)も生まれる。

 

 人もまた磁石となれる――その特性を高め合って、組織、地域、社会全体が繁栄(はんえい)

に導かれることを祈(いの)りたい。」

 言い古された言葉だが“人は一人では生きていけない”支え合ってこそ人なのだ。近頃は自由と

いう名の個人主義が蔓延して、以前は家族みんなが一緒になって楽しんだテレビも食事も個別に

楽しむようになり、電話もコンピューターも何もかもがパーソナル、豊かな時代になり幼少期から

個室が当てがわれ、気に入らなければ自室に引き籠って勝手気ままに生きることも可能な世の中、

全ての結果責任は自分が背負えばそれで何とかなるから怖い。

 

 そんな世界では他人と関わる必要がないから好都合と考える人もいる。しかしそれで良いのだろうか?

ありきたりな話だが、男がいて女がいて、お互いに惹かれ合うから一緒になって子どもを設ける。

 たったそれだけのことだが、今の世の中ではその当たり前のことが容易ではない。自分が生んだ子

どもさえ疎ましくなって育児放棄や虐待が横行し、みずからのエゴに振り回される。

 

 この憂き世は磁石のNとSのように単純ではない。自然の摂理に従って素直に生きることが人として

の倫(みち)を守ることになるのではあるまいか。                          (完)