PHP(2023年2月号)の裏表紙より、

                         『剣か糸か』

                                                    加賀海 士郎

 “今頃は お城の空に出初式”  

 

 消防の出初式、古くは1月4日に実施していたらしい。いつ頃からか加賀鳶の出初式も観光名物

の一つになって正月上旬の日曜日に開催されるようになった。むかし(筆者の幼少期)には犀川の河川敷で勇壮な「加賀鳶梯子登り」(県民族無形文化財)を交えて賑やかに行われていたのだが、最近は金沢城内が公園として整備され、場所を移して恒例の観光イベントとして定着しているとのことだ。

 

 筆者は生まれ故郷の金沢の雪の怖さを知っているので冬場は余程のことがない限り帰郷しないので、残念ながら金沢城内での出初式に立ち会ったことがないが殺風景な河川敷よりも遥かにSNS映えするに違いないと思う。未だにこの時期になると加賀鳶の梯子登りや下帯(褌)姿の勇壮な一斉放水が懐かしく思い出され、動画検索して観るのだが、その熱気まではなかなか実感できない。

 

 最近は降雪量が少なくなっておりさほど心配する必要はなさそうなのだが「三八一豪雪」を経験した身には雪に閉じ込められた怖さが身に染み、この先、雪で薄化粧したあの金沢の美しさを目にすることはあるまいと思いつつ手にしたPHP2月号の裏表紙には標題とともに次のメッセージがありました。

 「シラクサの僭主(せんしゅ)ディオニシオスに使える青年ダモクレスは、まごうことなき王の栄華(えいが)と権力こそ人生最大の幸福と信じて疑わなかった。

 ある日、その思いを正直に王に伝えたところ、ディオニシオスは彼を饗宴(きょうえん)の席に招き、玉座に座(すわ)ることを許した。ダモクレスは喜んで席に着き、夢見心地(ゆめみごこち)になった。

 

 しかし、ふと天井(てんじょう)を見上げたとき、そこに一本の剣(つるぎ)がぶら下がっているのを認めた。しかも、その剣を吊(つ)るしている糸の何と細いこと、切れれば即(そく)自分は貫(つらぬ)かれてしまう。 悟(さと)ったダモクレスはあわてて席から逃(に)げ出(だ)した――。

有名なダモクレスの剣の逸話(いつわ)である。・・・中略・・・

 

 かつてディオニシオスが味わった贅沢(ぜいたく)など現代人が驚(おどろ)くには当たらない。しかし、より細くなった糸をいかにしよう。剣を除くか、糸を太くするか。世界の人びとと衆知を集めて解決したい。」

 全くその通りと言いたいところだが、ロシアが国境を越えてウクライナに攻め入ってからかれこれ1年近くの時が流れ、信じられないような凄惨なこの世の地獄を見てきたはずなのに、それが遠く離れた異国の出来事のために我がこととして受け止めることができない…、

 

 勃発当初は信じられないものの、余りのロシアの理不尽に憤りを感じ、ウクライナを支援すべきと同情し、ささやかながらも募金に応じたが、その後、戦火は収まらず、毎日のように飛び交うニュースや報告に感性も理性も慣らされて麻痺したのだろうか。

 それとも何が真実か作り事なのか見極めの付かない情報合戦から逃げ出すように思考停止が起こってしまったのか、近頃は深く考えようともせず身近な世事に気を奪われてしまう、怖い話だ。

 

 台湾有事や北朝鮮の挙動、北方四島などを憂い、前のめりに反撃力増強や軍備拡充論議をするのも怖いが、しかし、何よりも怖いのは人間の感性や理性を麻痺させてしまうことだろう。(完)