根岸英一・米パデュー大学特別教授、鈴木章・北海道大学・名誉教授とリチャード・ヘック・米国デラウェア大名誉教授が「有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング」の業績でノーベル化学賞を受賞されました。
受賞に関連して興味ある報道記事を転載し、その記事内容を解説してみましょう。
(注)パイオニア研究者の写真と反応式及び反応機構のイラストは「CHEM-STATION(化学者のつぶやき)」の記事から転載しました。
イメージ 2

読売新聞(2010年10月7日)
「クロスカップリングは日本のお家芸ともいえる分野で、優れた研究者が多く、誰が受賞してもおかしくなかった」。この分野に詳しい山本明夫・東京工業大学名誉教授はこう指摘する。根岸、鈴木の両氏意外にも、ノーベル賞の有力候補と目された研究者は数多い。クロスカップリングを世界で初めて行ったのは、故熊田誠・京都大学名誉教授と、玉尾皓平・理化学研究所基幹研究所長の2人。ニッケル触媒を使った反応は「熊田―玉尾反応」と呼ばれる。玉尾所長は「私自身の受賞の可能性はなくなったと思うが、お家芸といえるこの分野で2人の受賞者が出たことは、若い研究者に勇気と希望を与えるだろう」と話す。パラジウムを触媒とした炭素間の反応にも、辻二郎・東京工業大学名誉教授が世界で初めて成功した。ノーベル賞を受賞するヘック氏とは古くからの友人で、共同で研究も行っていた。ヘック博士のノーベル賞受賞対象となったヘック反応は「溝呂木―ヘック反応」とも呼ばれる。故溝呂木勉・東京工業大学助教授はヘック博士と同時期に、独自に同じ反応を発見した。鈴木カップリングも、「鈴木―宮浦反応」とも呼ばれ、宮浦憲夫・北海道大学特任教授が鈴木氏とともに開発したものだ。この分野で日本人の活躍が目立つ背景について、辻名誉教授は「海外では、金属の研究と合成法の研究をバラバラにやる人が多いが、国内では二つをセンスよく組み合わせて考える研究者が多い」と指摘する。

時事通信(2010年10月9日)                 (下の写真は辻さん(右)と今回受賞したヘック博士(左))
「今までにない反応ができる」=パラジウム触媒、炭素間に応用― 辻名誉教授イメージ 1
今年のノーベル化学賞は、希少金属パラジウムを触媒に2種類の有機化合物をつなげる「クロスカップリング」の各手法を開発した日本人ら3人に決まった。これらの研究に先立ち、パラジウムが炭素同士の結合に使えることを世界で初めて見いだしたのは辻二郎東京工業大学名誉教授(83)。
いわば受賞研究の礎となった発見を、辻さんは「今までにない反応ができるのではと考えた」と振り返る。米コロンビア大で有機合成化学を学んだ辻さんは1962年、東洋レーヨン(現東レ)に設立されたばかりの基礎研究所でパラジウムの研究を開始。新たに触媒として使われ始めた時期で、反応の際に炭素と酸素の結合が起きていることに着目し、「炭素と炭素に応用できるのではないか。今までに全くない反応ができる」と考えた。有機合成で最も重要な炭素同士の結合は誰も実現していなかった。実験は成功し、翌年最初の論文を発表。辻さんは「仮説の立て方が良かったんでしょうね」と静かに語る。69年には、米化学会の雑誌に総説論文「炭素―炭素結合生成反応」をまとめた。論文を読んだ多くの研究者がさまざまな反応を試み、うまくいけば実用化に至るだけ」と話す辻さん。同研究所をつくった田代茂樹会長(個人)は、「10年20年先を見越した研究を」と求めていたという。当時は高度経済成長期。「設備も資金もあり、事業と関係ないパラジウムの研究を存分にやらせてもらえた。研究に理解のある立派な会社だった。
今はそんなことを言う経営者はいないだろうなあ」と懐かしんだ。

掲載した新聞記事に登場するものも含めて人名を付けたクロスカップルングについて、使用された触媒の種類、出発物質及び生成物質を記載します。

【世界で初めてのクロスカップリング】
● 熊田―玉尾―Corriuクロスカップリング (ニッケル触媒)
    ハロゲン化合物 ⇒ 炭化水素
イメージ 8
 
【世界で初めてのパラジウム触媒のクロスカップリング】
● 辻―Trost反応  (パラジウム触媒)
    アルコール・エステル⇒さまざまな求核剤を置換反応により導入。通称Allylic Alkylation
イメージ 7

『今回のノーベル賞受賞になったクロスカップリング』
● 根岸クロスカップリング (パラジウム触媒)
    ハロゲン化合物、有機金属化合物 ⇒ アルカン、アルケン、芳香族化合物
イメージ 3

イメージ 4

● 鈴木―宮浦クロスカップリング (パラジウム触媒)
    ハロゲン化合物 ⇒ アルカン、アルケン、ベンゼン誘導体
イメージ 5

イメージ 6

      (下図のハサミの部分をクロスカップリングで合成して初めて供給可能になった有用物質事例)
イメージ 9

● 溝呂木―Heck反応    (パラジウム触媒)    
    ハロゲン化物 ⇒ アルケン 
【その他のクロスカップリング】
● Brownヒドロホウ素化 
    アルケン ⇒ アルコール
    アルケン ⇒ アルデヒド、アルケン
● 野崎―檜山―岸カップリング (ニッケル触媒)
    アルケン・アルデヒド ⇒ アルコール
● 檜山クロスカップリング  (パラジウム触媒)
    ハロゲン化合物 ⇒ アルケン、芳香族化合物
● 福山クロスカップリング     (パラジウム触媒)
    カルボン酸誘導体、硫黄化合物、有機亜鉛 ⇒ ケトン
● 右田・小杉・Stilleクロスカップリング (パラジウム触媒)
    ハロゲン化合物、有機金属化合物 ⇒ アルケン、アルカン、ベンゼン誘導体
● Kochiクロスカップリング  (鉄触媒)
     ハロゲン化合物 ⇒ 炭化水素
イメージ 10

● Buchwald-Hartwigクロスカップリング  (パラジウム触媒)
    ハロゲン化合物 ⇒ 窒素化合物 
    ハロゲン化合物 ⇒ エーテル
● 薗頭―萩原アセチレンカップリング  (パラジウム触媒)
    アルデヒド ⇒ アルコール 

多くの人名のついたクロスカップリングの中で、
①日本人の名前のついたものが多いこと
②複数の名前がついたものが多いこと。これは共同研究又は、単独で同時期に発明されたもの。

今回のノーベル賞受賞した3人の方は、世界で初めてクロスカップリングを発明したわけでもなく、初めてパラジウム触媒によるクロスカップリングを発明した方でもないが、発明の成果が人類に偉大な利益を上げたと認められた方の中のしかも存命中の方々が3名の制限枠の中で選ばれたと思われます。
また鈴木さんも根岸さんも本発明に関わる特許を取得せず、世界中の人達が本発明を利用できました。
根岸さんが、著書の中で「体系的かつ長期的探求を恩師のブラウン教授から学んだ。これを継続することで、
セレンディピティー(偶然で幸運な発見)を呼び込めると確信する」と綴っていますが、
まさに呼び込んだ『セレンディピティー』をノーベル化学賞にまで昇華させることができました。

mont-livre