土曜日の夜の営業を少し早く終わらせるつもりが、客足が途絶えず中々閉店できなかった。結局、いつも通りの閉店時間になった。歩調を速めて帰ったので、数分早く部屋に着いた。部屋に入るとAが準備を済まして待っていたので、シャワーを浴びる。着替えをして、自分の準備をしようとしたら、Aが俺の準備も済ましていた。もう、下着も含めて準備させたことに罪悪感もない。ただただ、感謝しかない。

 二人で部屋をでると、俺よりAが先に歩いた。俺は今回の旅行について何もしていない。Aが何もかも進めてくれた。俺より時間があるとはいえ、プランも何もかも任せてしまっている。

 レンタカーを停めているパーキングに着くと、Aが運転席のドアを開けようとした。

「運転ぐらいするで」

「いいの。というか、仕事終わりで疲れてんのに、運転されるの怖い」

 確かに、軽い眠気があった。そんなことまで見抜かれているのは情けない。言われるがまま、助手席に座って、シートベルトを締める。Aがアクセルを踏むと車のエンジン音が響く。大きな音が鳴ったので、眠れそうにないと思ったが、数分もすれば慣れた。市街地を抜けて、高速道路の入り口に入った。時速100キロ近い速度で安定すると、俺は眠りについた。

 日の光を感じて、起きると車は停まっていた。辺りを見回すと、数台の車が並んでいる光景と、「安濃サービスエリア」という看板が見えた。その一連の流れで、後部座席で包まっているAの姿も確認した。時間は午前7時15分であった。俺はキーを持って車を出た。サービスエリアで用を足し、顔を洗った。手を口に持っていき、「ハー」と息を出す。寝起き特有の口臭がした。もしかして、加齢臭もあるのかもしれない。一度、車に戻って、モンダミンをトランクから出して、口をゆすぐ。運転席のドアを開けると、後部座席で寝ていたはずのAが起きていた。

「私も、口ゆすぐ。あと、化粧」

 俺はモンダミンを渡す。Aはポーチとタオルとモンダミンを持ってトイレに向かった。Aは化粧に慣れているから10分もすれば戻ってくる。逆に、10分ほどは戻ってこない。俺はもう一度、外に出てコーヒー二つ買った。一つは俺用のブラック。もう一つはA用の微糖。俺も普段は微糖派だが、運転する場合はブラックを飲む。車を動かしながら飲むから、両方ペットボトルで。車に戻る途中にトラックの運転手と思われる人とすれ違った。軽い加齢臭がした。同年代に見えたので、改めて自分の年齢を突き付けられるようだった。

 そしてやはり、俺はその男のトラックの運転手に興奮しなかった。少し盛り上がった胸筋や、二の腕部分が張ったシャツ。興奮はしなかったが、憧れに近い感情は湧いたことに、少し安堵した。それが、俺の以前に持っていた男色ではないことは気づいていたとしても。

 車の近くまで戻ると、Aがドアの近くまできているのが見えた。急いでドアを開ける。Aはトランクを開け、モンダミンなどの荷物をなおして、トランクを閉めた。その後、助手席のドアを開ける時には、俺も運転席のドアを開けた。買ったコーヒーをAに渡す。

「ありがと」

 そう言うAはいつもより、薄い化粧であった。俺がコーヒーを開けると、Aもコーヒーを開けた。一口飲んで、ハンドルを握る。

「着いたら起こすから、寝てていいよ」

「ありがと」

 Aは助手席のシートを倒して、目を閉じた。それを確認した俺は車を動かした。ナビには「志摩スペイン村」までの行き方が表示されている。車を走らせていると、エンジン音の隙間からAの寝息が聞こえてきた。日はすでに昇っていて、眩しいほどであった。