スペースゼロの古賀さん

映画の俳優になる為、東京に活動の拠点を移し早15年以上の月日が流れた。
イキがっていた関西時代。クソ生意気な私にもいつも優しく声をかけて頂いた。同年代の関西で演劇に携わった人間で、古賀さんと接点のなかった人間はおそらくいないのではないか。劇場で紙コップに注がれたビール片手に語りあった日がつい昨日のように蘇る。
私が東京に来てから、所縁のあった関西の演劇人が若くして亡くなって行く。犬の事務所の大竹野さん、桃園会の深津君…、そして古賀さんの訃報。
寺山さんは、生きるのは皆他人ならば、死ぬのも皆他人と言うが、私の狭い人間関係の中では、死ぬのも生きるのも皆知人ばかりであり、それがたまらなく悲しい。
50も手前になると、振り返る事が多くなるが、振り返って、過去が先に進む指針になるような生き方をしたい。
私はもう少し、これから先、日々過去を作り出して行こうと思う。
良い過去をありがとうございました。
さようなら、古賀さん。

近藤善揮