詩人 俳優 近藤善揮の独り言-IMG_4855.jpg

詩人 俳優 近藤善揮の独り言-IMG_9829.jpg

いや~、本当は今日は商業登記法の勉強するはずだったのに、岩崎友彦さんのおバカ映像観たおかげで、その洗脳のせいかすっかり勉強する気力も衰えサボタージュですよ。ええ…。
試験落ちたら、岩崎さん!あなたのおバカ映像のせいですよ!

さてさて、本日も見応えのある作品が何作かあり、詩人らしい映画評でも書こうと思ったのだが、これまた岩崎さんのおかげでスッカリ詩人らしいコメントなどする気力もなくなってしまいました。
その岩崎さんのおバカぶりと来たら、舞台挨拶でも存分に発揮されておりました。
司会の方の求めるコメントは、映画を創る上で苦労された事は?
という問いかけだったのに、楽しかった事ばかり羅列して…。
あなたには映画を作る上での苦労はないんですか^^;
まっ、いっか。

とにかく、岩崎さんの作品は多いに笑えた。
偉大なるおバカさんだと思った。
いや、映画なんてね、細かい感想なんてどうでもいいんですよ。面白いか面白くないか。それだけでいいんですよ。何かを残そうなんて考えては映画なんて作れないもんです。人間なんてね、しょせんちっぽけなものなんです。あんまりおこがましい事考えてはいけません。そんなふうに岩崎さんは言いたかったのかもしれない。

さて、印象に残った作品としてhow beautiful Japanese morning/ 吹田祐一監督作
東日本大震災の記事のある新聞がいきなり出て来て、あとは何でもない普通の朝の食事の仕度が淡々と描かれる。そう、日常なんてものは常に史実と隣あわせにあり、全ては現在も過去も共存という世界にある。その延長の中で私達は生きている。この世の中は独り言の絡み合いの中にあり、昨今のTwitterによる繋がりなどもそのTweetを見ているとそんな連鎖の現在と過去の掲示板のような感覚に陥る。私にはこの吹田さんの作品がそんなふうに映ってしまった。そう、終わったものは全て削除すれば消えてしまうのだ。

もう一作印象に残ったのが、見守石/今泉真也監督

特にこれといった事件のない帰省からお正月、そしてUターンまでを描いた 作品なのだが、これといった特別な加工を施すでもなく、おそらくはビデオで撮ったものをフィルムモードにしたくらいだと思うのだが、どこにでもいる風景、どこにでもある家族の姿が存在感を持って映像として成り立ってくるその姿が本当に映画の原点を感じさせた。
そう、映画というものは描くものではなく撮るものなのである。ある意味、それはルミエールの頃からなにも変わっていないのかもしれない。だが映画は記録でもあるのだ。
そんな映画の原風景に触れた作品であった。

ふーっ。
笹塚映像フェスティバル
約1週間に渡ったこの祭典も明日で終わり。
そして、来年には国際映画祭となる。
ひじょうに来年が楽しみとなった。
来年もまた参加したいと思った。