○2023年2月4日(土)  10:00-  MET LIVE VIEWING 2022-2023 「めぐりあう時間たち(The Hours)」 
於;新宿ピカデリー

NYはメトロポリタンオペラで上演されるオペラを世界数十ヵ国で生中継するというコンセプトのMET LIVE VIEWING、日本では時差もあってか公演から2ヶ月ほど遅れて映画館で公開されるので、LIVEではありませんが、メトロポリタン歌劇場での世界最高水準の演奏を大画面で(比較的)安価に楽しめるという意味で、貴重な機会となっています。

一昨年はレハールによるオペレッタ「メリー・ウィドウ」を、昨年末は定番中の定番オペラ、ヴェルディの「椿姫」を鑑賞しましたが、本日は今シーズンのMET  LIVE VIEWINGの3作目、「めぐりあう時間たち」を観てきました
前述のように本作は、実際は現地時間で2022年12月10日、13時よりの公演を収録したものとなります。


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本作は、20c前半を代表する英国の女流作家、ヴァージニア・ウルフの代表作、「ダロウェイ夫人」を題材に、ウルフ自身を含む3人の女性の1日を描いたマイケル・カニングガムの小説「めぐりあう時間たち(The Hours)」(1998年)及びこれを原作とした同名の映画(2002年)をベースとしてケヴィン・プッツ作曲、グレッグ・ピアス台本によりオペラ化したもので、今回METでの上演が世界初演となります。

映画では、メリル・ストリープ、ニコール・キッドマン、ジュリアン・ムーアの三大女優が競演し、ヴァージニア・ウルフを演じたニコール・キッドマンがアカデミー賞の主演女優賞を受賞したことでも話題を呼びました。
今回の公演でも、主役の3人はいずれも大スター、クラリッサ役にMETの女王と称されたルネ・フレミング、ヴァージニア・ウルフにアメリカの代表的なメゾソプラノ、ジョイス・ディドナート、そしてローラ・ブラウン役にはミュージカルとオペラをクロスオーバーする、ブロードウェイの名花と謳われるケリー・オハラを配しての上演で、大変な評判となっていました。

個人的には、ケリー・オハラは、井上芳雄、濱田めぐみ、マシュー・モリソンらと共演しての来日コンサートや、渡辺謙の来日凱旋?公演となった「王様と私」での主役アンナでの演技も見ていることもあり、密かに応援していましたので、本作も必見の作品でした
(ちなみに、上述の「メリー・ウィドウ」でケリーはMETオペラにデビュー、主演のルネ・フレミングと共演していました)

ヴァージニア・ウルフには関心がありつつも、これまではその作品に手つかずとなっていましたが💦本オペラ作品の理解を深めるべく、カニンガムの小説「めぐりあう時間たち」、その映画版、さらにウルフの「ダロウェイ夫人」に加え、その他の代表的な著作である「灯台へ」、「オーランドー」、「波」を読んで、にわか勉強をした上で観劇に臨みました😅




○キャスト等
作曲 Kevin Puts
台本 Greg Pierce

演出 Phelim McDermott

指揮 Yannik Nezet-Seguin

クラリッサ・ヴォーン(S)    Renee Fleming 
ローラ・ブラウン(S)    Kelli O'hara                  
ヴァージニア・ウルフ(M-s)    Joyce DiDonato
バーバラ/ミセス・ラッチ(S)   Kathleen Kim
キティ/ヴァネッサ(S)     Sylvia D'Erano
サリー(M-s)     Denyce Graves
橋の下の男/ホテル従業員(Ct)   John Holiday
ルイス(T)     William Burden
レナード・ウルフ(T)     Sean Panikker
リチャード(Br)    Kyle Ketelsen
ダン・ブラウン(Br)     Brandon Cedel


○感想:
いやー素晴らしかったです。紛れもない傑作だと思います
カニンガムの原作小説やその映画版を見た時より、深い感銘、感動を覚えました

構成はほぼ映画版に沿ったものですが、簡単に粗筋を言えば、
①1923年、精神を病んで療養中のヴァージニア・ウルフはロンドン近郊リッチモンドで夫レナードと暮らす。ウルフは「ダロウェイ夫人」の創作に取りかかっているが、刺激のない田舎暮らしの単調さに加え、何かと自分を気遣うレナードにも精神的に追い詰められ、時に死を意識する。
②1949年、ロサンゼルスに住むローラ・ブラウンは、夫ダンと息子リッチーの3人家族、現在第2子を妊娠中で傍目には申し分のない幸せな生活を送っているが、夫や息子を心から愛することができず、その現実から「ダロウェイ夫人」を読み耽ることで逃避している。
③1999年、NYで編集の仕事をするクラリッサは、かつての恋人で今はエイズを病み、死に近づきつつある友人で詩人、小説家のリチャードの受賞記念パーティの準備に勤しむが、リチャードは乗り気でなく、その態度に苛立ちを隠せない。
といった背景から、この3人の1日が描かれることになります。
(このお話については、小説を読んでの感想として、また別途書いてみたいと思います。)


面白かったのは、舞台の特性を活かし、舞台を時に左右で二分割、或いは2階も使って三分割しながら、 3人の女性の1日を並行して描く形で進行していくこと。なので、時には違う時空にいるはずの登場人物たちが重唱、三重唱等を行うことで、感情や思考がシンクロし、響きあっていることがとてもわかりやすくなっていました。

舞台美術自体は割とシンプルながら、時代背景やキャラクターなどを意識したもの。1923年のウルフの時代では自然系の黄土色などを多用した執務室、1949年のロサンゼルスでは人工色を用いた明るめの色調のキッチン、1999年のNYではミニマリズムに基づいた白、グレー系の色調の部屋が設られていました。


面白かったのは、合唱(コロ)やダンスが多用されているのですが、合唱は戯曲で言うところの地の文を歌いながら説明しつつ、各シーンの進行を見守っている感じで、古典演劇的な手法を取り入れていたことと、ダンサーたちが、壁や舞台設備の一部のように存在しつつ、その場の雰囲気や登場人物たちの感情の動きをコンテンポラリー風に表現していたこと。いずれも舞台に寓話的、普遍的な効果を与えていたと思います。1幕、クラリッサが花屋でバーバラと絡むシーンでは、ダンサーや合唱の方々が手に手に花を持ってのパフォーマンスを展開、大変鮮やかなシーンでした


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音楽自体も素晴らしく、クラリッサの「お花は私が買ってくるわ」で始まる冒頭から、いきなり合唱の不吉なハーモニーに心を鷲掴みされる感じ。時折出てくる弦と打楽器による、タンタンタンタタンタタンだかなんだか忘れましたが😅ラ音が8分の6拍子で繰り返すリズムが、悲劇的な結末に向かう時間の歩みのように感じられ異様な緊迫感を感じました。

現代オペラらしく、クラシカルなオペラにあるような典型的なアリアはなく、全編を通してセリフを歌い上げている感じですが、このため当然ながら歌唱中もドラマの進行が止まることはなく、常に一定の緊張感が持続する感じ。
全体としては、不協和音や無調っぽい現代的な響きの中で、時折繊細で感傷的な美しいメロディが登場し、登場人物の脆く、今にも崩れそうな感情を見事に表現していました。また、最初にローラが登場するシーンで使われるのは、アメリカ文化の象徴、ジャズ。こちらもクールで格好良かったです

前述のようにアリアっぽい歌はないのですが、個人的には、クラリッサとリチャード、ルイスの若かりし頃の海岸でのバードウォッチングのシーンでの3重唱「You Know Me」、ラスト、ヴァージニア、ローラ、クラリッサの同じく3重唱「Final Trio」などが心に沁み、胸にグッときました
このほか、死神的な役回りの橋の下の男/ホテルのフロント係のカウンター・テナーの歌は、そのメロディの暗く甘美なことこの上なく、まさに死への誘いといった感じでした

さて肝腎のキャストですが、とにかく主役の3人が素晴らしい。ルネ・フレミングは叙情的かつ深みと落ち着きのある歌唱でリチャードへの愛情を、ケリー・オハラはリリコ・レッジェーロ?的な繊細でやや神経質っぽい歌唱でローラの精神状態を、ジョイス・ディドナートは深い響きの強さを感じる歌声でウルフの芸術的感性をそれぞれ見事に表現しており、演技も引き込まれるものでした

特に感じたのは、ケリー・オハラのオペラシンガーとしての成長ぶり(インタビューで自分でもとても成長したみたいなことを言っていました)で、ミュージカルの世界では大スターであるものの、3年前にMET LIVE VIEWINGで観た(実際の上演は2014年)、同じくルネ・フレミングと共演した「メリー・ウィドウ」では、オペラ歌手としてはやや線の細さや声の弱さを感じたのですが、今回は二人の超1流オペラ歌手に挟まれても大きな遜色なく、共演できるまでになっていましたそれでも声質の似ていたキティ/ヴァネッサ役のシルヴィア・デラーノの方が声の響きや声量の豊かさではやや優っていましたが💦彼女の演技力には定評があり、今日もそういった意味での華がありました

他の出演者もさすがMETに出演するだけあって、さすがの出来。このほか結構子役も出ていたのですが、皆お上手でした

ということで、初めは現代オペラってどうなんだろう、と半信半疑で観に行ったのですが、完全にノックアウトされて帰ってきました(笑) 例えて言うなら、これまで印象派や古典絵画ばかり見てきたのが、現代アートも面白いじゃん、と覚醒した感じです😅オペラの可能性も感じましたし、ますますオペラを見る楽しみが増えました

それにしても、METの底力というか財力というか😆アメリカの文化の懐の深さというか、ちょっと他の国ではわかりませんが、世界的に権威と伝統あるオペラの殿堂で、年に数作は新作を送り出す、というポリシーを維持できるのが正直すごいと思います。

MET LIVE  VIEWINGでは有名人がインタビュアーとして、休憩時間中に、出演者や指揮者などにインタビューをしてくれ、それが作品の理解にもつながるのですが、今回もテレビやミュージカル、映画で活躍するクリスティン・バランスキーがインタビュアーとして、主役の3人、作曲者、指揮者などから話を聞いており、中々興味深かったです。
それによると、この作品は元々ルネ・フレミングが作曲家のプッツに持ちかけたことがきっかけ、ということで、どうやら、ルネ・フレミングが自分の年齢に相応しい役柄を演じられる作品を探していたとのこと。
比較的幅広い年齢を演じることの多いオペラの世界と言えども、年齢を重ねると、能力があっても演じられる役が少なくなっていく(特にルネのようにリリック系のソプラノだとなおのこと)のだなと、先日の森麻季さんのお話(ノルマのようなドラマティックな役を演じられるように練習を積んでいるとのこと)を思い出した次第です。中々オペラの世界も厳しいですね💦

いろんな大人の事情があるにせよ(笑)新作が産み出され、老若男女、才能と実力ある方々の活躍の場が増えるのはオペラ界にとって良いことでしょうから(これからもMETに限らず、日本でもどんどんオリジナルの新作オペラが生まれることを期待したいと思います。
(これはミュージカルでも同じことが言え、例えば市村正親さんを何十年も同じ役に無理くりキャスティングすることなく、違う作品で活躍していただけるはずです)



○評価:☆☆☆☆☆