”芸術とはどうあろうとも生きてるってのはすんげ~と思わせてくれるもの”と言った。
このごろ、芸術ってのがわかってきた気がする。
まず、第一に情報を排除すること。
そこでいう情報とは作品の背景は聞かない見ない。
そして、心で感じる。
すると、涙がでる。
それが芸術。
涙は生きていく上でのおりのようなもの。
それが流されて”よし、生きよう”と思う。
その感覚が大事だと26歳のバカはバカなりに思ったわけです。
教養が足らなかった。
近ずく勇気が足らなかった。
日常の中の懊悩に苦しむのは僕のせい。
僕の巻いた種。
種はまける。
だったら、種のまき方を変えよう。
変われる。
人間は変わろうと思った瞬間に変われる。
愛と勇気と教養持って~。♪
怒りで身が焦げる
僕が一番嫌いなタイプは仕事を一生懸命するタイプ
そして、その一生懸命っぷりについていけない人間を軽蔑するタイプ
尚且つ、軽蔑を怒りに換えまわりに迷惑顧みずに感情を露出するタイプ
昨日はそいつと仕事をやった
腹が立って仕方がない
お前にとってのすべてが俺にとっての全てではない
あ~腹が立つ
でも一番腹が立つのは自分自身だろう。
人間は期待心を持つべきか?
僕は持つべきではないと思う。
他人にも自分にも期待しない方がいい。
期待と義務感は近似だと思うからだ。
人間関係(自分とのそれも含めて)は機会だ。
期待なんかしちゃいけない。天に任せるのが一番良し。
すると、希望も持たぬべきなのか?
希望は将来に対する期待である。
因って、持つべきではないと思う。
今ここに存在していることでさえ希望の末の出来事。
今ここで息をしていることさえも希望から産まれた産物。
僕らは生かされている。
望んではいけない。ただ、そこにあるだけで希望的産物。