友人のMファミリーが花束を持って長男のお見舞いに来てくれた。家族全員で手術成功のためのお祈りをしてくれていたと聞いて胸がじーんとした。いい人たちに囲まれて暮らしている私たちは幸せだよね。



☆ ☆ ☆


長男は、未熟児で生まれてきてから5年半の間、日々扁桃腺炎に悩まされてきた。特に、2歳3ヶ月で保育園に通い始めてから今年の4月までの約3年間は、ほぼ毎月、扁桃腺炎で熱を出して園を休んでいた。3歳を過ぎた頃からは、数箇所の耳鼻咽喉科で扁桃腺手術を勧められたが、当時私たち夫婦は長男が手術するにはまだ幼すぎると判断し、漢方薬治療を受けることにした。


去年、一年間大金を叩いて(我が家にとって)漢方治療を行った。が、大した効果を得られなかった上、今年に入ってからは扁桃腺が一気に肥大し、風邪を引いていない時でもイビキと無呼吸で夜中に数回泣きながら目を覚ますようになった。12時間も寝ているのに熟睡できていないため、朝も目覚めが悪く、朝食も喉を通らないほどであった。


身長110cm、体重15kg。この体重は満3歳児の体重らしい。風邪を引くとすぐ14kg代に突入する。


このままでは長男の成長に悪影響が出ると思った私たちは、近所の耳鼻咽喉科を訪れた。医師は長男の喉を見るなり、大学病院で手術したほうがいいと紹介状を書いてくれた。


私たちはすぐさま大学病院に行った。担当医は、「例え、親御さんが手術に反対したとしても、私があなた方を説得して手術させます。手術しなくてもいい、手術したほうがいい、絶対手術しなければならないという3段階のレベルがあったら、彼の場合は絶対手術しなければならないレベルです。このまま放置したら、発育障害はもちろん、脳や肺に障害が生じます。ほら、今口があきっぱなしでしょう。顔も間延びした顔に変わっちゃいますよ。背が低い、体重が増えないのも扁桃腺が睡眠時に気道がふさいで睡眠障害を引き起こしているからです。」と言った。


私たちは二つ返事で、日本から両親が来る4月18日に手術してもらうことにした。


4月上旬、手術前の検査が行われた。7本の血液検査のための採血でも長男は泣かなかった。


4月17日、入院。家族全員で入院手続きを済ませてから、私が病院に残り、旦那は次男と家に帰っていった。点滴を始めるまでは特にすることもなく、長男と私は病院内をうろついたり、カードゲームをしたりした。


<入院服に着替えて、カードゲームをしているところ。>

<長男が撮った私。不安が隠せない…。>


4月18日、手術当日。


朝8時、手術服に着替えた途端、不安が長男を襲う。カメラを向けると、不安を隠すためわざとお茶らける。採血でも点滴でも泣かなかった彼が、手術の時間が近づいたことを悟ってか、手術室に運ばれる前の注射では、急に泣き出した。泣いて嫌がる彼の姿を見て、私も涙が出そうだった。


手術室に運ばれるとき、長男の体は硬直し、冷たくなり、震えていた。ひとり手術室に入っていく長男を見送り、私は手術室の前を行ったり来たりしていた。自分が代わりに手術を受けたいと何度思ったことか。


待合室で待っていると、韓国人の友人YRとYJが私を元気付けに来てくれた。チャキチャキのYRは、難しい手術ではないんだし、これで長男が健康になるんだからとポジティブに構えていた一方、心がガラス細工のようなYJは手術経過を知らせる電光掲示板にのってる息子の名前を見て、まだ小さいのに可哀相だと泣いていた。手術中、友達が傍にいてくれたお陰で心強かったし、気がまぎれたし、時間も早く過ぎたような気がする。(それでも、時間は長く感じたが…。)


長男が手術室に入っていってから1時間半ほど経って、やっと名前を呼ばれた。担当医でもある執刀医から手術の説明を受け、取り除いた息子の扁桃腺とアデノイドの写真をみせてもらった。手術は大成功と言われて、初めてホッとした。安堵で手が震えた。


担当医と別れると、回復室から麻酔で意識朦朧とした長男がベッドで運ばれてきた。よほど寒いのか、柵の四方にクッションがかけられた移動式ベッドの中で小さく丸まっていた。私が長男の名前を呼ぶと、目をつぶりながら、嗄れ声で「ママ~~、ママ~~。助けて~~!!喉が痛いよ~~!!!」と泣き叫んだ。それを見た友人のYJがまた泣いてしまった。息子の姿に私も泣きそうになったが、どうやら手術が無事に終わったことの安堵感と、母としての責任感が勝ったようだった。


手術後、2時間は呼吸確保のため、寝ようとしても絶対に眠らせてはいけないと指示された。手術後の疲労感と痛みと麻酔でうつらうつらする長男を膝に抱きかかえて、「寝ちゃダメ、寝ちゃダメよ。がんばって~」と何度も何度も叩き起こさねばならなかったのが本当に辛かった。でも、呼吸が止まってしまったら、それこそ一大事だ。私は心を鬼にして2時間の間、ずーっと息子を叩き起こしていた。片手にはロッテリアのバーガーを手にして…。朝から、ほとんど口にしてなかった私のために、YRとYJが昼食を買ってきてくれたのだ。私は手術が終わってホッとし、早速食べるモードになったのだが(そうじゃなきゃ看病も務まらないしね)、これまたYJはまだ幼い長男の手術が相当ショックだったようで、何も喉を通らないとアイスコーヒーを少ししか口にしなかった。


<手術後2時間が過ぎ、睡眠許可が出た長男。喉には鎮痛効果のあるアイスバックを置いている。>

<手術翌日の朝食。食べる気ゼロ。痛くてアイス以外何も食べられない。結局、私が全部食べた。>

手術中も手術後も、また退院の時もずっと傍で支えて助けてくれたYRとYJの恩は一生忘れられない。チョンマル チョンマル コマウォ~^^そして、長男の手術に携わったすべての先生方、看護婦さん、心配して励ましてくれたお友達のみんな、本当に本当にどうもありがとうございました!



<トヨタのブースではUFC キム・ドンヒョン選手のサイン会が開かれていた。サインをもらうのに並ぶこと1時間半!その間、次男がお昼寝してくれてホント助かった…。>


<頂いたサイン!>






<キャンペーンモデルは女性だけかと思ったら、男性もいてビックリ。アウディとシェボレーは男性、ベンツはモデルなしだった。この写真はアウディのモデルさん。>
先週末、イルサンKINTEXで開催されたモーターショーに行ってきた。モーターショーに向かう道路渋滞のため、KINTEXに行くのに普段の2倍の時間がかかり、駐車するのに1時間、チケットを買うのに45分も並んだ。今まで色んな観光地や遊園地、展示会に行ったがこんなに人が多いのは人生初であった。とっても疲れたけれど、イベント盛り沢山、オペラコンサートも聴けたし、有名な格闘技選手からサインももらったし、かっこいい車もお兄さんもキレイなお姉さんも沢山見れ、家族全員大満足で会場を後にした。



















待ち遠しかった春の到来。久しぶりに次男と公園で遊んだ。






<あくまでも数え年デス…。パパの歳が鏡文字になってるな。>


<ママだって!可愛く描いてくれてありがとう\(^o^)/>
21日に、お友達と家族が39歳のお誕生日を祝ってくれました。みんな、ありがとう!!健康で穏やかな1年にしたいわ~。

<上、お友達から/下、家族から。両方ともケーキカット後の写真…。>

ロッテモール金浦空港店の文化ホールにて、イ・ウォングック バレエ団による『愛のセレナーデ』という公演を長男と見に行ってきた。長男にとっては初のバレエ鑑賞である(家では何度かDVDを見ているが)。


そもそもバレエ公演に行くことになったわけは、私が週に1回文化センターでバレエを習っているのだが、そこで無料券をもらったのである。ラッキ~!!次男はまだ幼すぎるので入場不可、数え年で7歳以上は入場可だったので長男を誘ってみたわけだ。


主にパ・ド・ドゥとソロで構成されたガラコンサート形式で、まず(おそらくプリンシパル級の)バレリーナによるバレエの基本、マイム、鑑賞の仕方の説明から始まり、『海賊』、『カルメン』、団長のトーク、『白鳥の湖』、『アポロ』、『シカゴ』、そして、アンコールはかつて国立バレエ団、ユニバーサルバレエ団で活躍したバレリーノであり団長でもあるイ・ウォングック氏のソロ『カサノヴァ』で幕を閉じた。


お客さんが会場の1/3くらいしか埋まらなかったのが残念なくらい、内容が濃く、大人も子供も楽しめるプログラムとなっていた。長男も楽しかったようで、公演中一生懸命拍手したり、ブラボーと声援を送っていた。最後はちゃっかりイ・ウォングック氏と握手までしてもらって、会場を後にした私たちであった。



<『白鳥の湖』 黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ>

<上と左下(団長)は『アポロ』、右下は『シカゴ『>

<バレエ鑑賞後、待っていた旦那と次男と共にカフェでお茶!>