23日日曜日、NHK BS1で放送していた『マンホールで大人になった』-再訪・厳寒のモンゴル(後編)を見た。この番組のことは見る前から知っていた。先週の昼間に日本の友人とボイスチャットをしていた時に、友人が「今NHKで、貧困のためマンホールで暮らす人たちの番組をやっているよ。モンゴルだって。kaffeちゃんも見てごらん」と話していたからだ。 しかし、うちではNHK BS1とBS2しか見られないし、何よりも友人とのチャットの方を優先したいと思ったため、テレビはつけなかった。


知っていたが、見たのは偶然だった。日曜日の夜、その時すでに息子が寝ていたため、旦那が一人でヘッドフォンをつけテレビで映画を観ていた。映画が終わってから、旦那はしばらくそのままテレビを見ていたようだ。私が興味がありそうな番組だと思ったらしく、私に見るよう促した。旦那は日本語はできないが、NHKのドキュメンタリー物が好きでよく見ているのだが、それが偶々友人が話していた番組だったのだ。


番組の内容は、『1998年社会主義崩壊後のモンゴルで貧困のため、マンホールで暮らす子どもたちがいた。彼らのその後を2004年に追ったドキュメンタリーシリーズ第二弾』(NHK HPより引用)であり、番組では1998年当時13歳だった女の子、オユナと男の子ボルトの6年後を追っていた。


2004年当時、21歳になったボルトは建設会社の現場で働いていた。それも、正社員として。13歳で家族と別れ、マンホール暮らしだった少年が職につくのは並大抵のことではなかった。ボルトは言っていた、「とにかく働きたかったんだ」と。少年だった彼は、建設現場に何度も何度も通いこみ、「職をくれ」と懇願していたそうだ。彼の真剣な姿に、現場監督が「ならば、日雇いとしてやってみろ」と言ってくれたそうだ。ボルトは一生懸命働いた。その真面目さが買われ、正社員になることができた。稼いだお金で木材などを買い、自分で自分の家を建て、田舎から母親と妹を呼び寄せた。今では、彼が家族一家を養っている。10畳ほどの小さな家だが、家族一緒に暮らせること、普通の暮らしができること、収入があることがとても幸せだと話していた。彼は努力して努力して今の幸せを手に入れた。彼の逞しさに感動した。


一方、21歳になったオユナはいまだマンホールで暮らしていた。13歳当時のオユナは、一緒にマンホール生活を送っていた母親と喧嘩別れし、仲間たちと別のマンホールで暮らしていた。彼女は仲間のリーダーだった。食物は、ホテルやレストランなどのゴミ捨て場をあさったり、病院の入院病棟の下で「何か食べ物を下さい」と叫んで、得たりしていた。得た食物は仲間で平等に分け合うのがルールであった。日本人の私からしたら、とても食べられたものではなかった。


その後、オユナは16歳で結婚し、一女を得た。しかし、マンホールで育った彼女は普通の暮らしには馴染めず、夫の家を飛び出してしまった。そして、離婚。4歳になる娘にはもう一年も会っていないという。今はあれほど嫌っていた母親と一緒にマンホールで暮らしている彼女には新しくできた彼がいた。彼は貧しいながらも家族と一緒に家で暮らしていた。幸せそうに見えたオユナだったが、実は彼から暴力を振るわれていたのだった。彼女が言っていた言葉が心に残っている。「髪の毛はボサボサだけど、獣じゃないよ。私だって人間だよ」「母さん、どうして私たちは普通の暮らしができないの?一生マンホールでしか暮らせないの?」「娘が母親である私の顔を覚えてないんだ」「娘をマンホールに連れてきたけど、子育てをどうやってすればいいか分からなかった。」「友人が助けてくれたけれど、どうやっておっぱいをあげればいいのかも分からなかった。」「娘があまりにも小さくて。落っことしそうになっちゃって泣いちゃった。」


オユナは病院で娘を出産したが、すぐに娘を連れマンホールに帰ってきた。そして、1ヶ月の間一人でマンホールで娘を育てた。しかし、夫の両親がやってきて、オユナから娘を奪っていった。夫の家族は酪農業を営み、割合裕福な暮らしをしている。孫がマンホールで育つなんてことは耐えられなかったのだろう。それから4年、今でもマンホールの中には泥だらけになったぬいぐるみがひとつ転がっていた。


2004年、マンホール人口が増加し続けているモンゴル。政府は対策として、多くのマンホールをふさいでしまった。マンホールを奪われたホームレスの人々は数少ないマンホールを奪い合っている。そこで登場した一家がとても衝撃的だった。「赤子を連れた一家がマンホールを探しにやってきた」というナレーションが流れ、赤子を抱いた老人が映し出された。カメラが引くと、老人の後ろに老婆もいた。私はてっきり、おじいさんとおばあさんと孫だと思った。しかし、赤子の父親と母親が出てこない。どうしてだろうと思っていたら、その老人が父親であり、老婆が母親だったのだ。赤子は2歳だというから、年寄りに見えた2人は年をとっていたにしても30代後半~40代前半であろう。しかし、どう見ても60過ぎにしか見えないのである。


その一家だが、夫が9年前に職を失ってから(確か)マンホール暮らしなんだという。ということは、その2歳の息子はマンホールの中で授かり、マンホールの中で生まれ、マンホールの中で育ったのだ。私は今までにその手(貧困の中で生まれ育っている子供たち)のドキュメンタリー番組をいくつも見てきたが、母親になる前までの私は可哀想だなと単に哀れむだけで、深く考えたことはなかった。


私は母親になった。もし、母親になっていなかったら、この番組を見てもここまで心痛くなかっただろうし、感情移入しなかっただろうし、ましてやブログに書こうなどとも思っていなかっただろう。妊娠・出産も経験した。だからこそ、子供を授かった母親がどんなに自分の体調、お腹の中の赤ちゃんのことに神経質になるかを知っている。どんなに些細なことでも、考え出すと心配で心配でしょうがなくなる。妊娠初期にお酒を飲んじゃった、大丈夫だろうか?サプリメントを飲んでも大丈夫だろうか?素手で強力な洗剤を触ってしまった、カビキラーを誤って吸い込んでしまった、食器用洗剤も自然なものに変えたほうがいいのだろうか?本当に考え出すときりがなかった。


出産後も、抵抗力の弱い新生児が風邪をひいてはならないと赤ちゃんに触れる時は必ず手洗いをし、消毒をした。室温、湿度、私の食事、つまり、おっぱいの量と質、肌着の枚数、布団の枚数に神経を使った。ちょっとでもゼーゼーしていると風邪なんじゃないかと心配し、鼻がつまっては風邪なんじゃないかと心配した。湿疹ができれば、アトピー性皮膚炎じゃないかとインターネットで調べまくった。


母親になる前の私でも、マンホールの中で子供を育てることが、いかに不便なことであるかくらい簡単に想像がついていただろう。しかし、母親になった今、マンホールで子供を育てることを想像しただけでも恐ろしくなる。おっぱいを与えなければならない母親だって満足に栄養もとれない、不衛生、着替えもない、オムツもない、お尻ふきもない、布団もない、タオルもない、ティッシュもない、石鹸もない、食べ物もない、病院にも行けない、水も満足に使えない、暖房もない、何もないのだ…。


両親と共にマンホールで暮らしていたその2歳の男の子は終始、笑いもせず、泣きもせず、話もせず、無表情であった。髪はボサボサ、着ている物も垢で真っ黒。結局、その日の夜はマンホールを見つけられず、アパートの住人が寝静まるまでアパートの外で父親と母親が交互に息子を抱き、息子を冷やさないようにしていた。外はマイナスである。アパートの住人が寝静まった頃、一家は階段の踊り場を寝床にした。外よりはマシかもしれないが、踊り場だって厳しい寒さである。踊り場について、抱っこされていた息子が立った。ズボンは落ち、お尻が丸出しになっていた。父親がコートを脱ぎ、息子をコートで包み、父親と母親で息子を包むようにして、3人で抱き合って暖をとりながら寝ていた。その子が寝ながら母親のおっぱいを吸っている姿を見ていたら、何だかとてもいたたまれない気持ちになった。恐らく、その子の食事はいまだおっぱいだけなのではないだろうか?母親だって、ろくに食べてないだろう。おっぱいはちゃんと出るのだろうか?出たって、出は悪いだろうし、質だってよくないだろう。もう一度言う。カメラが回っている間、その子は笑いもせず、泣きもせず、一言も言葉を発しなかった。家族は着の身着のまま、何も持っていなかった。


マンホール人口が増えるとともに、捨て子の数が急増しているそうだ。自分一人が生きていくのだって精一杯なのに、ましてや子供を育てるなんて考えられないのであろう。マンホールに捨てられた赤ちゃんを保護している施設には大勢の親なし子が生活していた。施設の担当医が言っていたが、マンホールで生まれた子供は、母親のお腹の中にいる時に十分な栄養を得られなかったために、体が弱いのだそうだ。施設には、暖かい寝床もあり、3度の食事もでるし、お風呂もあるし、医者だっているし、教育だって受けられる。でも、親はいない。


一方、前出の2歳の男の子は両親はいるが、住む所もないし、基本的な生活は送れていない。子供たちにとって、一体どちらが幸せなのだろうか?


その衝撃的な番組を見た後、私はショックでなかなか眠れなかった。もう数日経つというのに、ふとした時にその2歳の男の子がボサボサの頭を無表情で掻きむしりながら、お尻を丸出しにしている姿、無心で母親のおっぱいを吸っている姿が頭に浮かぶ。思い出すだけで、胸が締め付けられるような気持ちになると同時に、そんな過酷な状況、環境の中で生きてきた男の子の生命力の強さにも驚かされている。どうか今でも無事でいて欲しいと願わずにはいられない。


そして、今日の午後10時10分からBS1で『10年後のマンホールチルドレン』が放送される。