7月27日の金曜日は、10年連続10回目の出場となりました「富士登山競走」(山頂コース)に参戦してきました。
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結果から先に申し上げると大方の予想どおりに五合目関門アウトという情けない結果に。もう振り返りたくもないですが今年で富士登山競走への参戦も終わりなので(一部の方は信じてないようですがほんとに今年で終わり)少しだけ振り返ってみます。

大会前日の木曜日、午前10時半頃、自宅を出発して中央道をひたすら走り、午後3時頃、富士吉田に到着しました。宿のチェックインにはまだ早すぎるので道の駅富士吉田でお土産を買ったりスーパーで晩酌用のビールとおつまみを買ったりして時間を潰し午後4時半頃、宿にチェックインしました。

今年のお宿は久しぶりにランナーズインホームステイで当選した民泊です。今回の民泊のお宅ではなかなか楽しい思いをさせていただきました。
まず、この民泊のお宅、なんと90歳のご夫婦でした。耳も遠いし視力も弱っているご様子。何と14名の選手の方がお泊りでした。そして夕食時、おかずのメインはハンバーグだったのですが食べ始めてみると何か変。味がおかしい。デミグラスソースがかかっていたので最初は気づかなかったのですが中に全然火が通っていません。周りの方と顔を見合わせ「さすがにこれは食べられないだろう」ということになり、「すいません、火が通ってないんですけど・・・」。オーブンレンジで再度加熱することになり、無事に食事を済ませました。そして食後に缶ビールを飲んで就寝。

迎えた大会当日、午前4時に朝食だったのですがここでもちょっとありまして。なかなか味噌汁が出てこないなと思っていたら・・・。このあとのお話は割愛させていただきます。

食後に最終準備を整えて5時に宿を出発しました。まずは電車等でお越しの方3名をスタート地点の富士吉田市役所にマイカーで送ったあと、指定駐車場である鏡山グラウンドに車を駐車して送迎バスで市役所入りしました。
市役所に到着したのが午前6時前。着替えも宿で済ませているし、アップをする気もないので再会したお知り合いの方と談笑したりして過ごし、荷物を預けてスタート位置へ。
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今回で最後なので最初くらいはと気合いと入れてBブロックの15列目くらいに整列です。
「あの消防署員の挨拶とエイエイオーも今年で最後だなと思うと何だか少しウルウルしてきたりして(笑)」
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そして午前7時、富士吉田市長の号砲とともに一斉にスタートです。今年の気象条件は近年にない涼しさ。この10年間で自己ベストを出した2011年に続く二番目の好条件でした。
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でももう全然走れない。最初の数百メートルは平地なのですが左折して坂道に入るともう抜かれるばかり。スタートして10分ほどでCブロックの方々に吸収され始めました。自分で決めている最初のチェックポイント浅間神社右折を自己最遅で通過。足は重いし左膝はプチ故障中で少し痛いし全然スピードが出ないというか歩いているのと変わらない感じ。

「これはダメだな」五合目アウトペースだと早くもあきらめムードが漂ってきました。中の茶屋通過時間も時計では確認した気はするのですが覚えていません。めちゃくちゃペース落として這うように走って(歩いて)いるので最初ほど心肺の辛さはなくなってきていますがそれだけペースが上がっていないということです。完走ペースならここが一番辛いところなのに・・・。

這うようにして馬返しに到着した時には既に1時間14分が経過していました。五合目関門時間が2時間15分。ここから60分以内で行けば五合目を通過できるけど「とても無理」だとわかっています。全盛期のわたしなら50分で行けたけど今なら70分はかかるだろうし。その後も全く上がらないペースに落胆しながら淡々と歩き、五合目には2時間25分で到着し、レースは終了。
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なんだかつまんないというか空しいというか微妙。早々にレースが終了してしまったので名古屋の自宅には16時半に帰りついてしまいました。

この富士登山競走には10年連続山頂コースに出場させていただきましたが最初の4年間くらいが一番楽しかったな~。あとは力の衰えとの戦いだったので自分の走力と頭のイメージがなかなか一致しなくてもどかしいレースばっかりだったような気がします。

この10年間の戦績を整理すると「5勝3敗2分」ということかな。5勝は完走で3敗は関門アウトで2分は悪天候五合目打ち切りです。自己ベストは2011年の3時間37分。こんなタイムで完走できていた頃が懐かしい(笑)。

この10年間、応援していただいた皆さま(そんな方いないか)ありがとうございました。これにて富士登山競走は終了デス。ほんとだよ~。(でも来年まで山頂コース出場権利はあるんだけどね。こんなこと書くとまた引退を信じてもらえないかな~)