先日、某フリマアプリで、
現在血液のガンで闘病中の
フリーアナウンサー笠井信輔さん著、
『僕はしゃべるためにここへ来た』
を購入しました。
震災の当日、私は海外にいたので、
あの未曾有の災害を体験していません。
ただ、
海外の滞在先で、テレビやネット配信で
ほぼリアルタイムな津波の映像を
一日中、食事するのも忘れて見ていました。
実は、私がブログを始めた理由の1つは笠井さんです。
朝起きたらまずフジテレビを付け、
めざましテレビの流れでとくダネ!を。
今でも変わらないルーティーン。
なので、笠井さんが血液のガンを公表した時は、
他のどの芸能人、著名人が病気を公表した時よりも、なんだか心にズシンと…
「あらー、そうなんだ。大変だなぁ。。」
では片付かず、ブログを始めたことを知り、
すぐにアメブロ登録し、フォローしました。
毎晩欠かさず読んでいます。
(笠井さん、いつもありがとうございます。)
で、
先日3/11を迎えるにあたり、
笠井さんがあげたこちらの記事。
(勝手にリブログさせて頂きました、お許しください)
感銘を受けました。
小学校の頃、広島県に住んでいたとき、
毎年8/6には学校に集まって黙祷し、8/9と8/15にも黙祷し、遠足は平和記念公園で無数の千羽鶴と原爆ドームを毎年見ました。
学校の図書室には、戦争の惨状や被災者の生々しい怪我の様子、後遺症、とにかく戦争を伝える書籍が沢山並んでいて、日常的に、無意識に、それらを読んでいました。授業でも定期的に取り扱っていたように思います。
そうして、たった4年間しか住んでいない、ほぼ部外者の私の心の中にも、広島の原爆の事実は深く刻まれました。
対して、たった9年しか経っていない東日本大震災。体験していない私は、この時期が来ると思い出しますが、3月11日を1週間も過ぎればすぐ忘れてしまいます。大変申し訳ない事だとは思いますが、正直、そうです。
体験していないという点は同じだけど、なぜこうも意識が違ってくるのでしょう。
もちろん、性質の違いもあるでしょうけど。
どうやって後世に伝えるか。
まずは、笠井さんの本を読んで、震災のことをもっと知ろうと思います。
本の到着が待ち遠しい…