少し長いが  

学生時代の話をする…

 

 

確か「経営論」とか「経営戦略論」とか

そんな名前の講義だったとは思う…

 

 

約20人くらいが受講していた…

 

 

 

 

ピンクマカロンマカロン

 

 

 

午後イチの講義が始まった。

 

 

 

 

先生

「今日の講義では小説を読んでもらう!

 約30ページ程度の抜粋だが

 これを読んで、【経営とは何か

 それを各々プレゼンしてほしい!」

 

 

 

学生たち、そして私

「えぇ~~~~」

 

 

 

なんだよ~めんどくせ~

こんな午後イチの眠い時間から小説を読むのかよ~

それもプレゼンてテキトーに読めないじゃんよ~

だいたい小説が経営学と何の関係があんだよ~

 

 

これは当時の私の心の内であるが、おそらく

他の学生も同じ様な気持ちであったと思う。

 

 

 

 

先生

「目安は約30分、40分で読んで纏めに

 20分!各自5分プレゼン!ではこれから

 小説を抜粋したプリントとプレゼン用の

 用紙を配る!以上!」

 

 

配られた小説抜粋プリントと

プレゼン用の用紙をみて…

 

はぁ~けっこうあるな~

 

 

 

周りの学生も渋い表情をしている。

 

 

そして...

読み始めて10分くらいだろうか..

教室全体に張り詰めた空気が漂う。

 

 

この空気感を少し説明すると...

 

皆さんも学生時代に定期テスト期間

というものがあったろう。

 

テスト開始前の休憩時間で、友達なんかと

「全然勉強してな~い」

「ヤマかけた~」

「昨日寝ちゃった~」

とか、苦笑いしながら....

 

テストが始まると、その空気が一辺し、

 

友達との距離感もなんとなく離れた

感じがして、自席で孤立したような..

 

そして、もがきに、もがき...

 

ふと顔を上げて周りを見ると...

皆も耳を真っ赤にして...

確実に苦悩している姿が見える...

 

まさにこんな重苦しい空気感である。

 

まあこの話をして、皆さん

当時を思い出し、苦笑いしている姿が

容易に想像できるわけだが....

 

 

ただこの講義では、重々しい空気の中でも

決定的に違うところがあった...

 

 

 

え!え!え!

なんだ!なんだ!なんだ!

なにこれ!

 

 

 

なんと...

 

 

 

めちゃくちゃ面白い!!

なんだなんだ!この重圧の中の面白さ!

ヤバい!止まらん!!面白すぎる!!

 

 

そう。

緊張感の中、決定的に違うところは

 

この抜粋された小説に、私を含めた

学生が面白さにのめり込んだところ...

 

 

 

 

それがこの小説である。

 

 

 

 

 

新田次郎

『八甲田山 死の彷徨』

(新潮文庫)

 

 

 

この小説は実話がもとに創作されたもので

明治35年に青森の八甲田山で軍人210人中、

199人の死者が出た大規模遭難事件がもと

である。

 

明治35年というのは、日露戦争直前の

時期で、陸軍は寒冷地での戦いに備えた

予行演習としてこの八甲田山で雪中行軍(※)

を実施することになったのである。

※雪の中、軍隊が一定地域へ行進

 

この予行演習は二つの部隊が選出された。

 

◆神田大尉が率いる青森歩兵第5連隊

◆徳島大尉が率いる弘前歩兵第31連隊

 

 

共通の目的の下、夫々の部隊が各々に

コース等の計画を立てて雪中行軍を実施。

 

その雪中行軍中での出来事が語られている。

 

 

この小説を読み進めていくと...

[自然とは時に残酷なもので]なんて

ありきたりな言葉を使いたくなるのだが...

 

 

この言葉を改めて考えてみると...

色々思うところもある。

 

 

自然は元来、宇宙や地球の摂理に

よってただ流動的なだけである。

そこに人間の事情など考慮はしない。

 

 

我々人間は先人たちの知恵により、

日常的に自然のある現象に対して

被害が及ばないよう色々と工夫をしている。

 

 

一見、防げているように見えるのだが、

所詮見せかけにすぎない部分も多々ある。

その見せかけをも万全と思い、結果として

「我々人間がこの世界の主体である」

と思ってしまっている側面もあるであろう。

 

しかし、雪の八甲田山では

この見せかけはまったく効かない。

 

 

人間には"情"がある。

人間が起こす行動は各々の視点や立場で、

善意にも悪意にもなるが、どんなことでも

そこに必ず人間の意図がある。

 

 

そんな”情”を持つ人間が、

"情"というものを感じさせない自然、

ここでは八甲田山の厳しい雪という自然

に直面した時、途方にくれるのであろう。

 

 

"情"のある存在が、"情"のない存在

にある局面で対面した時に起こる感情

これが自然を残酷と表現するものでは

なかろうかと思うところがある。

 

 

そんな事をぼんやり考えていると、

 

我々人間は

自然の中で”生きている”のではない。

自然の中で”生かされている”のである

 

 

"今ここにいる"ということ..

 

そういうことなんであろう。

 

我々人間は、どんなに技術を進歩させても

自然に対して常に謙虚でいることは

大切であると改めてそんな風に思う。


 

さて、少し話を戻そう。

この小説の詳細はここでは語らないが、

 

 

神田大尉の連隊と徳島大尉の連隊では

対照的な特質をもっていた。

 

 

神田大尉の連隊には、彼の上司もいた。

この上司は、神田大尉の計画を無視し、

思いつきで勝手な事を言い始める

 

 

軍人は、当たり前に上司の命令が絶対で

あるが故、神田大尉は上司の言うことに

逆らえない。

 

 

厳しい雪に見舞われる八甲田山で、

この体制上の歪みが徐々に悪い局面に

向かわせていく

 

 

一方、徳島大尉の連隊は、徳島大尉を

中心に、色々ありながらも地元民の案内や

情報を頼りにしながら、着々と雪中行軍を

計画通りに進めていく。

 

 

まあ、こんな感じで2連隊の様々な状況が

語られていくわけであるが、

ここらでプリントは終了して、本題の講義

のプレゼンテーマ【経営とは何か

を纏めなければならなかったわけだが...

 

 

もう何となく分かった方もいるだろう。

 

 

 

この2部隊を企業として捉える。

 

 

その時、神田大尉の企業は、

計画を無視し、上司の言動に振り回され、

悪い状況へと向かっていく

 

 

一方、徳島大尉の企業は色々ありながらも

有識者の知恵をかりて着々と遂行していく。

 


何が決定的に違ったのか。。。

 

 

そう、【経営とは何か】の答え。

 

 

企業として、部署として

自分として、厳しい状況下となった時...

 

 

それは、短絡的にヒエラルキー(階級)

に振り回されることなく...

 

 

自分(達)の目的は何なのか

自分(達)は何のためにやっているのか

 

そこに立ち返ること。

 

そこに立ち返れば、自分(達)が

今何をやらねばならないか、

自ずと見えてくるものである。

 

ということ。

 

 

その上でもっとも大切な事...

 

 

階級に関係なく

自分(達)と共に歩んでいく

仲間を大切にしていくこと。

 

 

そして、これを見てほしい。

実は『八甲田山 死の彷徨』は
『八甲田山』という映画にもなっている。
 
これは徳島大尉(高倉健)の連隊が、
地元の案内人を頼りに雪中行軍を
行っている様子である。
 
雪中行軍がどんなものであったか
イメージもつくかもしれない。
 

約5分くらいの動画であるが、

時間のない方は3分半くらい進めても大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

動画の最後は、徳島大尉(高倉健)の連隊が

無事に途中地点まで連れて行ってくれた

案内人(秋吉久美子)に対し「隊の敬礼」を

するシーンである。

 

 

 

そう、そこには、

 

 

男か、女か、軍人か、民間人か

階級が上か下か、など関係ない

 

 

 

"今ここにいる"ということ..

 

 

 

それは純粋に

誰のおかげであるかということ

 

 

それに敬意を払うということ

 

 

これは「経営」ではなく、

「人」として大切なことだということ

 

 

 

そんな意味で、皆さんも普段、何気なく

接している身近な方々を大切にしてほしい。

 

 

 

 

 

ピンクマカロンマカロン

 

 

 

 

 

ふふふ♪

 

 

僕はね♪

 

 

 

このブログの世界において

 

 

いや

 

 

人生において

 

 

皆さんと出会えたことは

 

 

良かったし、

 

 

身近で大切な方々ですよってね(^^)♪

 

 

 

ですから...

 

 

 

 

皆さんに対し、かしら~右¨*•♚ ♫ 

 

 

 

ってね♪

 

 

 

ふふふ♪

 

 

 

ね♪

 

 

 

皆さん