奈良県川上村井光(いかり) 御船ノ滝
2026年1月31日
迫力の氷瀑
長い道を歩いてようやく谷の横の道に差し掛かった。
この日はそんなに寒くはなかったけど、先週ぐらいから強烈な寒波が入っていたから、氷瀑への期待が高まる。
祈るような気持ちで滝の前に立つと、凍ってる!滝口まで全部凍ってる!
見物の人が結構たくさんいて、みんなカメラやスマホで撮影したり自撮りしたりして楽しんでいる。
あっちこっちから眺めていろんな場所から撮影を楽しんだ。結局、この滝下から見上げた氷瀑の写真が一番気に入った。
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暑過ぎる夏の後の冬は極寒だ!って期待も虚しく、12月から期待外れの山行が続いてた。
次はモフモフの雪や!エビの尻尾(成長した霧氷)や!って、あれこれ目的を変えて山に登ってみたけど、全く雪も何も無いやん!?て不貞腐れてたら、1月も下旬になってやっと寒波らしい寒波がやってきた。
今年、日本海側は大雪だったみたいだけど、太平洋側は全くで、雪どころか雨も降らないから、夏に釣りに行く山の谷も川も干上がって、春にはダムの取水制限までされるほどだった…。
で、やっとやってきた寒波。モフモフの雪にまみれれたい!豪雪の中、もう無理ーっ!なんて叫びながら、ヘタレてみたい。けど、この寒波、今年最後最強なんちゃうやろか?って考えたら久々氷瀑もええなぁ…。悩んだ挙げ句、氷瀑を見に行くことにした。
今回見に行った御船ノ滝は、吉野川の支流、井光川のさらに支流の舟ヤ谷にある落差50mの滝。吉野川は、徳島の吉野川の方が有名な気もするが、和歌山に入ると紀の川と名を変え、紀伊水通に注ぐ大河だ。
滝の名は「舟ヤ谷」の名から命名されたと言われる。「ヤ」は、この地域の方言で「~の」を意味するらしい。漢字では「谷」を宛てたりするらしいので、「舟谷」というと滝の名の元になったということにも納得できる。
ゆさまはこの地域の「井光」という地名が好きだ。また、今回の御船ノ滝のまでの基点としてお世話になった「井氷鹿の里」もオシャレな呼び方だなって思う。ただの宛て字なのか他に意味があるのか、せっかくなので調べてみたら、「古事記」や「日本書紀」に記述がある神話に基づいているということが分かった。
神武天皇が東征(大和への進軍)の際、八咫烏に導かれて、熊野(三重県南部)から吉野へ入った。
その途中、この地で出会ったのが土地の国津神である「井氷鹿」であった。
古事記にはこの時の様子を次のように記している。
「尾のある人、井より出てきたりき。その井に光ありき。」
尾のある人が、光輝く井戸から現れた。
神武天皇が、「何者だ?」と尋ねたら、「私は国つ神で、名は井氷鹿と申します」と答えた。
この光る井戸から井光という地名が生まれたのだという。
井光を「いかり」と読むのは、「いひかり」「いひか」などと呼んでいたものが変化したという説や、元々この辺りは「碇」と呼ばれていたので「井光」の字を宛てたという説がある。
実際、井光にある井光神社には、井氷鹿が神として祀られていて、井氷鹿が現れたという井戸も残っている。
御船ノ滝の凍り具合に気をよくして、この日は氷瀑を梯子しましたとさ…。
こっちは誰もおらず、ゆっくり氷瀑コーヒーを楽しんだ(≧▽≦)
御船ノ滝が載っている登山地図です


