年賀状 | ここちゃんと一緒に 〜 天使ママの記録 〜

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2014年3月14日に第一子の娘を、21週で前期破水により人工死産という形で亡くしました。

娘に関することを中心にブログを書いてきましたが、不育症や妊活についても書いています。

よろしくお願いします。

昨日突然主人が




『今年の年賀状はつまんないね』




と言いました。





私たちは旅行が好きなので、いつも海外の旅行の写真で年賀状を作っていました。





でも今年は旅行も行ってないし、いい写真ないからつまんないね、ということだったらしい・・・





『今年は喪中ハガキ出すつもりだけど』





私が言うと、え⁈ と驚く主人。





娘が亡くなったという意識は主人にもないのかな・・・





お腹の赤ちゃんが亡くなることは、一人の人じゃないのかな・・・





もちろん娘が亡くなったなんて書きません。





ただ、定型文の喪中ハガキを出せばいいと思っていました。




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こんなようなの?





『そうか・・・』





結局いつも私が年賀状も一人で作るだけだし、主人にとっては大して興味はなかったご様子・・・





『今年は出産と、厄介な仕事と(ちょっと煩わしい仕事が続いたようで)、土地買ったから家建てる、それだけの年だったな~』





『・・・』





どこにも旅行も行けなかったし、楽しいことがなかったと言いたかったんだと思いますが、ここちゃんのことは私の人生の一大事で、旅行なんて正直もうどうでもいい気持ち・・・でもたぶん主人にそれを言っても仕方ないし、何も言わずに終わりました。





私の無言で、きっとなんとなくは伝わってると思いますが・・・





ただ、ここちゃんのことを何も考えずに『出産』と言ってくれたことだけが救いでした。





経験したことがない人にはきっと誰にもわからないだろうけど、たしかに私は娘を『出産』して、私たちはかわいい娘をこの手に抱いた。





誰にも見せることもない娘だとしても、別れの出産だとしても、たしかに娘に会えた瞬間は幸せな気持ちもあった。





かわいくて愛しくてたまらなかった。





立ち会い出産になった主人には、ちゃんと出産として記憶されていたのかな。





たしかにお腹で育った小さな命はまぎれもなく私たちの娘なんだから。





周りは悲しみを想像はできるのかもしれない。





でも今は抱けない我が子をこんなにもかわいくて愛しくてたまらない気持ちはやっぱりわからないだろうと思う。





毎日どれだけ想っているかはきっとわからないだろうと思う。





でも私たちだけがわかってればいいのかな・・・





ずっと死ぬまで毎日想い続けていくと思うから、





少しでも近くに感じていられますように・・・






本当は年賀状なんてどうでもいい





赤ちゃんだったから、戸籍にのらなかったから、そんなこともどうでもいい





ただ、大切な娘を亡くしたから、家族を亡くしたら喪に服す気持ちが私たちにあれば、それでいいんだろうな・・・





まだ引きこもりで人ともあんまりコミュニケーションとってなくて、今はまだ年賀状ですらコミュニケーションとりたくない・・・




だからやっぱり今年は早めに喪中ハガキを送ってしまおうと思います・・・