おじさんは出かけたかった。


なんとなくそわそわしていた。


安心ホームに入居しているおじさんだ。



ちょっと行ってきたい。

たぶんそんな言葉から、スタッフはどこに行きたいか探ったのだろう。

そうしたら、おじさんは「駅に行きたい」「札幌に行きたい」

そんなことを言ったという。


一人で行きたいようだったので、ストーカーをしてみた。

バス停まで行き、駅に行く時間を調べて一度戻る。


10:17のバスに乗るという。

ちゃんと間に合うように安心ホームを出て、予定通りのバスに乗る。

スタッフはさすがにストーカーでは心もとなく、

一緒についていってもいいかのお許しをいただき同行する。


バスに乗って聞いてみたら

『ドンキホーテで時計を買いたい』

ということだった。


駅のすぐ裏に大きな大きなドンキホーテがある。

そこまでちゃんとたどり着け、腕時計を買って無事帰ってきた。


そして次の日、またバスに乗って行きたいという。

またお付き合いさせてもらって同行する。

今度は『そばが食いたい』

駅直結のデパート最上階の店でおそばを食べて帰ってきた。


満足したのかな・・・・・


おじさんはときどきこうやって外に出たくなる。

数ヶ月に一度、無性に行動を起こしたくなる。

今回が初めてではない。


私はたぶんお酒なのではないだろうかと想像する。


ここに来る前、一人で暮らしていたとき、毎日浴びるようにお酒を飲んでいた。

お酒を飲むのは若いころからの習慣で、毎日毎日飲んでいたようだ。

特に奥様がなくなってからは寂しさのあまり、お酒を飲むしかなかったのだろう。


認知症の症状が軽く出てきてもなお、お酒を飲み続けていたが

加減を無視して飲んでしまい、ひどい生活になったため

もうお酒は飲まないほうがいいと断酒をしてここへ来た。


それを思い出すのだろう。


「酒が飲みたい」


その想いがフツフツと沸いてくるのだろう。


「酒が飲みたい」とストレートに言うと、

「だめ」といわれるから、

「買い物に行きたい」「一人で行くから」

と一人で出かけて、お酒屋さんでウイスキーを買って

帰り道で飲んだこともあった。


晩酌程度ならいいじゃないかと思うけど、

一口お酒が入るともうとまらない。

ご飯も食べずに何杯でも飲みそうな勢いだった。

さっき飲んだものはすっかり「飲んでない」と言い張る。

これではやはり晩酌も難しい・・・・・

そう判断せざるを得なかった。


でも翌日には自ら反省して

「昨日はすまなかった、おれやっぱり酒はやめるわ」

そんな自分にちゃんと戻れるんだ。


だけど、思い出すんだ。

飲まないことは誓ったから、絶対に飲まない。

でも飲みたくなる想いがある。


その葛藤を意識してか、しなくてか・・・

その葛藤の表現なのではないかと、私は勝手に想像する。

(もちろんそうでなくても、外出したい、買い物をしたい、一人で出かけたいなんて気持ちは誰にでもあるが・・・)


二日間外出してすっきりしたようだ。


ちなみに、ドンキホーテに行きたかったのは

2・3日前の新聞にドンキホーテのチラシが入っていたんだって。


おじさん、また行っといでよ!







マザーテレサの言葉より。


思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。



言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。



行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。



習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。





なるほどです。


全ては思考から始まる。


感謝!!



性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。


私は幸せ者である。



福寿草が元気に咲いていたこと。


グループホーム「花縁」物語


桜の花がひそかに咲いたこと。


グループホーム「花縁」物語



いいシャンプーに出会ったこと。



大好きな音楽でハピネスになること。



ばば様じじ様に癒してもらえること。



生きていること。



私は幸せ者である。



つくづく思う。



風薫る5月がやってくる。



私の生まれた月。



大好きな5月がやってくる。



私は幸せ者である。


「私たちは、この方に何をしたらいいだろう?」


という問いに


『何もしなくていいんだよ。』


と答える。


何もしなくていい。


何もしなくていい。


どうあるべきか?


だから。




どんな姿でもいいから




生きていてほしい。




母親だから・・・・・


最近の利用相談でまた新しい言葉がよく聞かれるようになった。


『危険行為』である。


みなさんも聞いたことありますか?


療養型医療施設に入院しているが、リハビリもゴールをむかえ退院を考えているので在宅サービスを利用できるところを探しているというものだ。


そのソーシャルワーカーは簡潔に流れるように非常にわかりやすく、その方の現在の状況を説明してくれた。

その中で、何の説明もなく普通に「危険行為もみられません」と話していた。


脳梗塞を発症し、高次脳障害と認知症も軽度あるとのこと。


そんな状態の中の「危険行為」とはたぶん、立位や歩行が困難なのに一人で歩いてしまい転倒の危険性が高い等の行為のことを言うのだろう。


最近よく聞くので気になっていた言葉だった。


まあ、別にいいのだけれど。


いわゆる昔言っていた「問題行動」と言われていた行動の一部を「危険行為」という言い方に置き換えただけだろう。


危険な行為がある。


そういう意味だろう。


危険な行為・・・・・


なんかひっかかる。


問題というとらえ方に似ているよね。


人はある言葉が適切でないと社会的に言われるようになると、また違う言葉を見つけて使うようになることはよくある。


言葉をかえただけだよね。


今日のソーシャルワーカーのように、短時間で簡潔に要領よく相手に伝えるためには、その行為が危険であると一言でわかる言い方をすることが重要で、短時間の間に「その人は認知症のために自分のことを認知できなくて、自分が歩けると思って立ち上がって転んでしまうことがあります・・・」なんて長々と話せないから。


別にいいのだけれど。。。。。


なんだかね・・・・・。、


その夫婦は二人暮らしをしている。


夫は昨年ごろから万引きをしたり、庭や物置でごみを燃やしたり、薬を飲み忘れたり飲みすぎたり、同じ話を何度もしたりと認知症の症状が出始めていた。


妻は若いころから若干ノイローゼ傾向があり、年をとって統合失調症を患っていた。

夫が妻の面倒を見ていた生活が、夫が認知症を発症したことで面倒を見るのに支障がでてきた。


昨年秋、その妻は病院に入院することになった。


一人家で過す夫は認知症の症状が表面化して、市外に住む娘さんが時々訪問して父親の介護をすることになった。


娘様にも娘様の生活がある。

そこで、お父さんが一人でも暮らせるように、うちの小規模多機能サービスを利用したいと訪れた。


何よりも家に愛着があり、家を大事に守り、その家ではお父さんの、「しなければいけない仕事」が沢山ある。

でも一人っきりでは危ないことも沢山ある。


なんとか通いサービスやショートステイを始めて、お父さんが家で一人っきりになる時間を減らす工夫をしてみた。


でも長くは続かない。


「体調が優れないからいかない」

「お前たちのところにほんとうは行きたいんだが・・・・・」

「すまないな」

こんな理由で通いも泊まりもやめてしまった。


娘様もしぶるお父さんに無理強いはできず、お父さんにとってやっぱり困りながらでもこの家で暮らすことがいいと思うようにした。多少危険があっても、ぎりぎりなんとか大きな事故にはつながらないと推測される。

そう考えているようだ。


今年のお正月のことだった。

入院していたお母さんが外泊し戻ってきた。

退院ではなく外泊だったが、夫婦二人で結束してもう二度と病院には戻らないと言ったらしい。

結果娘様はやむなく従うこととなった。


もともとお母さんの担当だったケアマネさんにもう一度受け持ってもらう。

お父さんの担当であるうちのケアマネと担当者会議を開催。


それぞれのサービスを組み合わせ、この二人の綱渡りのような在宅生活が復活した。


2ヶ月経ったそんなある日私の携帯に娘様から電話が入る。

「今私は市外の自分の家にいます。今警察から電話があって、お母さんが徘徊して警察に保護されました。家に連れて帰りましたが身元引き受け者であるはずのお父さんが認知症らしくサインもできないので、だれか引き受けてくれる人はいないか?といわれているのです。行ってもらえないでしょうか」というものだった。


そのための小規模多機能であるわけだから私はすぐに直行した。



家に着くとパトカーが2台とまっていた。

家の中にはおまわりさんが4人も・・・・・。


お母さんは玄関で怯えたように座っている。

お父さんは「困ったな・・・困ったなぁ・・・」とうろうろしている。


そのうちお母さんは、誰も寄せ付けず、トイレ床にズボンを下ろして座り込んでしまった。

婦警さんが対応しているが言うことをきかない。

ときどきお父さんがそこに行って、「はやくこっちにきなさい!はやくこっちにきなさい!」を大きな声で繰り返す。


私はおまわりさんに言われるとおり必要書類を書いた。

そこで、おまわりさんに「娘さんが来るまで私がいますから帰っていいですよ」と言うと、おまわりさんは安堵の表情で、4人で帰っていった。

「なにかあったらすぐに本署に電話を下さい、すぐ駆けつけますから」・・・・・・別になにもないと思うけど・・・・・・


みんないなくなった後、お母さんはやっと動き出す。

ちゃんと身づくろいして私を避けるように居間の隣の部屋に行きなにやらしている。

そこにお父さんが指示しに行く。「はやくこっちにきなさい、そんなところにいたらだめだから・・・」と。


私はだまって見守っていた。


日中お母さんのヘルパーさんが作っていった食事を、お父さんがテーブルに出す。

お父さんは私にも食べろという。気を使っているのだろう。


お母さんが黙々と食べ始める。


お父さんは、冷凍庫にしまってあったビールジョッキグラスを取り出し、氷を入れる。

冷蔵庫からビール缶を取って、ストーブの前に座り自分でビールをついでおいしそうに飲んでいる。

「困ったなぁ・・・・・こまったなぁ・・・・・バックがなくなったろう。あれには財布が入っておったんだ・・・・・。あれがないとこまるだろう。どうしたんだか・・・」

これを何度も繰り返しながら、おいしそうにビールを飲む。


どうやらそのバックがなくなったことを、おとうさんがお母さんを攻めたようだ。「探して来い」ときつくいわれたお母さんが外に出て行った、ということのようだ。


おまわりさんはこの状況を目の当たりにして「これ以上二人の生活は無理ではないか、今後のことを考えては?」と私たちに投げかけて行った。

担当者会議でもその話は出ている。

でも二人の思いを良く知る娘様は施設に入れることに踏み切れない。


それがわかったような気がした。

二人でいればなんとかできる。

危ないながらもなんとかできる。


お母さんは認知症はあるがかなり軽いほうだ。

統合失調症もやさしい夫と馴染みの慣れた環境と薬で安定している。


誰だっておまわりさんが家の中に4人もいたら困惑する。

悪いことなどしていないのに攻められている気持ちになる。

それだけのことだったのさ。

それだけでお母さんは混乱しちゃったんだ。


二人で静かな空気に戻れば、二人の穏やかな生活がまたやってくる。


これはうちの施設内ではかもし出せない空気なのではないだろうか?


だからもうすこし家で頑張れないだろうか。

それを支えられるのが私たちでしょう。

いろんなサービスを組み合わせて、二人の安全を沢山の点で面を作り見守っていく。

その点の一つにおまわりさんもなってくれればいいんです。

パトカーが2台で来れるなら、一台ずつでいいから時間を変えてちょっと見に来てくれればいい。

それをプランにいれようかね?


早くおまわりさんもサポーター養成講座を受けてください。

お願いします。



二人の姿には、二人にしかわからない心地よさがあるのだろう。

それはあの家だからこそ得られるものなのではないだろうか。


先日、インフルエンザで熱と戦っていたときのこと。


そんなにいつも熱を出す人ではないので、熱や体調不良が続くと不安になる。


もう20年以上前、子どもが小さいころ子どもと一緒に(やや遅れて)高熱を出し、体と心のコントロールができなくなって、不安が頂点に達したことがあった。

そのときの一番の不安は「熱の原因」であったことを思い出した。


風邪なんだろうとは思ったが、40度の高熱が毎日やってきたときには、「なんでだろう・・・・・」という不安が、熱が出たための体調不良による不安に拍車を掛けた。

病院ではちゃんと薬をもらっていたけど、ほんとにこれでいいのかと・・・・・


そんな中、のどが痛かったので、何気なく自分ののどを見たとき、白いプツプツが付着していたのを発見。

「これだー。」

40度の熱の原因はこれだ。


そう理解できた瞬間、今までのどうしようもない不安が消えていった。

これが落ち着くまでは仕方がない。

ちゃんと薬を飲んでいれば大丈夫。

時間が来れば熱も落ち着く。


それからは回復も早く、良くなっていった。


今回のインフルエンザでも、検査で陽性とわかるまでの3日間、「どうしたんだろう」って考えて不安になった。(でもほぼ予想がついていたからそんなにひどい不安ではなかった)

インフルエンザとわかって、熱が下がっても体調が戻らず、あっちが痛い・こっちが痛いとさまざまな症状とともに不安がよみがえってきた。

インフルエンザはそれだけキツイ病気であったということなのだろう。


こんなふうに原因がわかっているのと、全然原因がわからないのとでは、不安の程度が違うと思ったのである。



原因を知ることで、起きていることの意味がわかり、納得することで次の対策に移りやすい。


自分の気持ちを整理するのに、原因を知ることは非常に有効なのではないのでしょうかね。


認知症のお年よりは、自分が認知症であることを知らされないケースが多い。

そうすると自分におきている「物忘れによる障害」に戸惑い、不安を抱いている。

仮に認知症であると伝えても、覚えていられない場合も出てくる。


だから、彼らの不安はとても大きいだろうなあ・・・・・と想像する。


誰だって、いま起きている困難の原因がはっきりしたら、その困難が少しでも解決するための方法を見つけやすいだろう。


結局生きているうち、これの繰り返しなのではないか。


どんなことでも解決していく、または消化していくために、原因を追究していこうではありませんか。