RUN


いよいよ明後日になりました!


今年はこの襷がつながれます。


たくさんの人の手と足で、大切に繋ぎましょう!!



グループホーム「花縁」物語




そして、この横断幕で応援します!!


スタッフが考えて、書いて、


ばば様たちが貼ってくれました。




グループホーム「花縁」物語

グループホーム「花縁」物語


この2本の横断幕がお出迎え!!!


待ってるよ・・・・・・・!!


KY。


空気読めない人。


その原因は、想像力の欠如。


欠如というより、想像の内容がズレている。


そして、物事のひとつひとつが点在していて


ひとつひとつ、いわゆる点と点がつながらない。


だから継続的に相対的に総合的に捉えて考えることができない。


結果、行き当たりばったりで、その場しのぎだから、説得力がなく、周りから見ると理解不能になる。



しかし、その人たちから見れば、私のほうが「その人にとって」理解不能なのだろう。


ということは、その人も私に対して、私がその人を思うように思っているということだ。


お互いに分かり合えない、交わらないのだとするならば、お互いに理解不能な事態には、どちらが正しいとかはないのではないのか?


決して私が正しいなんて言えないのである。


それがわかれば、簡単だ。


その人のありのままの姿で、私のありのままの姿と付き合うこと。


何もすることはない。


交わらないのだから。


交わりたい人は努力をすればいい。


自己責任において、努力してみよう。


KY。


たくさんいるよ、そこいらへんに。


今年もラントモがやってくる。


「またラントモやるよ!」って言ったらいろんな人が参加してくれることになった。


近所のグループホームさんのスタッフさんがランナーとサポーターで参加してくれる。


その管理者さんのお知り合いに話したところ、少年サッカーチームが走りたいって言ってきてくださった。


グループホームの仲間たちが沿道での応援を引き受けてくれた。


社会福祉協議会が場所を提供してくれて、市の職員と一緒に応援してくれる。


近所の大学の先生が大学生に走らせたい!(この近くを通るなら走らないわけには行かない!!)と参加が決まった。


利用者さんとご家族が、町内会の役員さんもTシャツを着て応援してくれる。


今、各ユニットでは横断幕と旗を作成中。


サッカーチームと大学生にはラントモ前にサポーター養成講座を開催する。


どんどん広がっていく。


その広がった繋がりから、また新しい出会いと関係が生まれる。


楽しみだね。


みんなで繋ごう!



今まで、何度も『法律の壁』にぶち当たってきた。


でも今回の壁は、今まで以上に理不尽でならない。


人が地域で生きていくことを支えよう!

という想いは、絵空事であると言わざるを得ない。


それでも、私たちはその言うことを聞かなくてはならない。



小規模多機能居宅介護では、訪問看護が併用できる。

しかし、通いサービス、泊まりサービス中には利用できないというのだ。

訪問看護はあくまでも在宅において展開されるものであるためだという。

ということは、訪問看護が定期でサービスに入っている在宅の方は

小規模多機能のサービスを利用していても、訪問看護がある日は通い及びショートステイができないということである。

いろいろなQ&Aでみたところ、その場所によっては「小規模多機能には看護師が居るのだからそこで対応すればいい」と言っているが、小規模多機能の看護師は利用者の健康状態の把握と総合的な健康管理であり、医療行為はできないとされているので、小規模多機能の看護師が行うことはできないのである。

利用者の状況に合わせて柔軟にサービスを組み合わせて提供できるのが、小規模多機能のいいところなはず。

それなのに、ショートステイができない現状が起こってくるなら、小規模多機能を利用する意味がない。

いったいそんな利用者はどこにいけばいいのか。



いったい何をめざして、どこに向かって行こうとしているのか!

そのコンセプトが曖昧なまま、それぞれの立場の主張ばかりのような気がする。


私たちがいくら「人のあるべき姿を支えたい」と思っても

この壁がある以上、願う理念には届かない現実になっている。

いよいよ!


1ヵ月後に迫りました。




今年は『チーム花縁』として参加します。


その襷は東北を横断し、東京まで行きます。


いま花縁では、いろんな方に声かけしています。


賛同して、共感して、自分も一緒に何かをしたい!

という方が続々とお知らせを下さいます。


一人の力は小さくても、大勢が集まれば、大きなことができる。


「しょうがい」があっても、普通の暮らしができる社会を目指して、

一本の襷を繋ぎます。


参加して、ご協力いただける方、お待ちしています。


みんなで創造しましょう!



5月浜松で行われた『認知症ケア学会全国大会』で、

花縁ときわ館のスタッフが幻聴へのアプローチ を発表してきた。


なんとその発表が『石崎賞』を受賞したのだ。


石崎賞とは?





『石﨑賞とは,日本認知症ケア学会大会において優秀な演題発表をした者に対し贈られる賞です.故 石﨑寛氏よりの浄財を基に平成13年度から設定されました. 石﨑賞の選考は,大会時に各セッションの座長が各発表演題に対してその発表に内容に関する,独創性(他にない独創的な視点で認知症ケア実践,あるいは認知症に関する研究を行い,大変興味深い結果を示した者),有用性(認知症ケアの実践あるいは研究活動にとって,その方法や結果がたいへん参考となり有用性が高いもの),発展性(重要な視点で認知症ケアをとらえていることから,将来の認知症ケアの実践あるいは研究の発展に寄与することが期待されるもの),を1~10点まで点数評価し,上位約20演題に対して授与されるものとなります. 』

(認知症ケア学会HP参照)

というものである。


画期的な事である。


すごいことである。


ここでこういうふうに認められたことは私たちの自信になった。


特にこの文章の『独創的な・・・』この部分ではないのかと想像している。


そしてもうひとつ評価すべきは、この事例の持つ継続的なチーム力である。


このじじ様と知り合って一緒に暮らして、じじ様のキャラクターを日々の交流であるがままに、なすがままに関わってきたつもりだった。

しかしある日のじじ様の小さなつぶやきからスタッフはいろんなことを巡らすようになった。


本当は本意ではないのではないか?

楽しそうに見えるけど、取り繕っているだけ?

私たちにあわせているだけ?

私たちの考えるじじ様のその人らしさは先入観から勝手に作り上げていた?


そんなことを想像するようになり、じじ様のストレートに表現できない影のストレスに気付いて行った。

そしてチーム全員で目的を持って取り組んだ結果そのストレスが自然と軽減されていったのである。

それがこの事例の始まりだった。


そして1年後、また新たな症状にご本人の影の葛藤が芽吹いて行った。

認知症が進行する中、毎日の暮らしの中で自分を失いかけていたのにちがいない。


1年前から変化してきてはいるけれど、根本的には同じだった。

あのときの様に、じじ様の隠れたストレスを幻聴を通して気付いて行った。


そしてまたチーム全員で思い出し、取り組んでいったのである。

ひとりも欠けることなく、同じ方向を向いて、継続的に、応用させてできたことがこの事例を生み出したのだと思っている。


だからみんなでもらった賞だね。


じじ様も一緒にもらった賞だよ。


これからもこの想像性(創造性)を忘れないで欲しい。


とにかくおめでとう!!


そしてみなさんありがとうございました!!!




なんと!


あの和田行男氏が


NHKのプロフェッショナルに出演する!!


25日(月)22:00~


私はこの日を待っていた。


こういうことで是非認知症のことを広めてほしい。


そう思っていたからすごく楽しみです。



みんなで見ましょう!!




本日誕生日を迎えました。


沢山の方たちからメッセージをいただきました。


ありがとうございます。



53歳になりました。


この年は少し感慨深いです。


母が亡くなった年だからです。



大好きだった母が亡くなった年なので、


自分の年と重なります。



大好きだった母の年を越えられるのか?


私も同じ年で逝くのではないかと。


若いころからそんなことをちらっと考えていました。



それだけ、母のことが好きだったんですよね・・・・・



どうやら、超えられそうです。


長生きの予感がします。



そして、万が一超えられなかったとしても


いままでの人生に悔いはないです。



人に恵まれた人生でした。


自分にはだめなところが一杯あって、好きじゃないところも一杯あるのに、


わたしの周りには、あたたかくて、あつくて、頼りになる人たちが沢山います。


いつも私を助けてくれます。


ほんとうに恵まれています。



この人生に感謝!!




そして今日。


お昼ごろ、私とすれ違っておじさんは

「あ・・あの・・酒一杯だけ飲ましてくれ。俺に返してくれ。」

という。

あれーあと8ヶ月したら飲むんでなかったの・・・・・って伝えてみた。


私にお客様が来ていたので、すぐに話すことができなかったので時間ができたとき部屋へ行ってみる。


部屋に行った時点で、すでに頑なであった。

「札幌では一人で暮らせない」気持ちはどこかへ行っていた。


以前の暮らしに戻りたい。

とにかく帰してくれ。

一人でも大丈夫だから。


ほんの昨日のことだ。

やっぱり一人で暮らすのは無理だべ・・・・・

と言っていたのは。


二日酔いが治まって、また酒が飲みたくなったのだろう。

舌の根の乾かぬうちに、札幌へ行くという。


でも、散々話して、もう何にも応じない様子でありながら最後にこう言った。

「息子に電話するから。息子がいいって言ったら帰るから」


「息子がいいって言ったら」

この言葉がポイントだ。


「息子が何を言おうと帰るんだ」

とは違う。


だから、まだ本心ではないと感じた。



今日は主治医が診察に来る日。

そこで先生に聞いてみた。

どうしても飲みたいといっていますがどうでしょう。

先生は「しかたないな・・・・・それならしかたないだろう」


先生はおじさんに毎日一杯だけいいよと言ってくれた。


それで気を良くしたのか、帰って暮らすことは様子見ることになり、今度一度家を見に行くことにした。


夕食前にウイスキーの水割り一杯飲んで満足したようだ。


「うまかったな・・・・・」と言っていた。


明日はどうなるか。


揺れる心にどう折り合いをつけたらいいのか。


おじさんもわたしたちも。


やっぱり、おじさんは翌日また出かけた。


近所のコンビニに行くといい、一人で出かけた。


目的は『酒』だ。


何を言っても聞かない。

数日前からの言動の最終地点はこの『酒』だからだ。


スタッフは気付かれないようにこっそりついていく。

ちゃんと自分でコンビニにたどり着き買い物を終えて出てきた。


スタッフはこっそりついて来ているので何を買ったかはわからない。

そこで、店員さんに何を買ったかたずねた。

そうしたらウイスキー750mlを2本とちくわと酢イカ。


1ヶ月ほど前にしりもち転倒をしたので腰が痛い。

だから帰り道は時々腰を下ろして休みながら歩いていたという。


途中、どっちに行ったらいいかわからず立ちすくんでいたので、そこで初めてスタッフは声をかけ一緒に帰ってきた。


帰ってきてからは、いつものようにみんなとレクで交流した。

そして午後になり居室でそのウイスキーを飲み始めた。


バスで外出した二日目の夜、息子様へお金がなくなったから持ってきてほしいと電話したが、

「周りに迷惑をかけている。もう出かけないように。酒も飲まないように。ここでだまっているように・・・」

ときつく言われたことに腹を立てていたという。


夕食もいらない。薬もいらない。

そう言っている、というので会いに行く。


声をかけると、どんな声賭けに対しても

『俺が何をしようと息子には関係ない。』

どうせ心臓が悪くていつとまるかわからないと言われている。だから死んでもかまわない。』

『明日札幌に行くからいいんだ。』

など、もう好きにさせてくれ・・・・・という開き直った返答だ。


750mlのウイスキーはもう半分なくなっていた。

夜息子様が来てくれたが、ドアは開けてくれなかった。



死んでもいい、俺の金だから俺が使う、もう年なんだから好きにさせてくれ。


気持ちはわかる。

けれど、ここにいる以上は、食事も取らずに好きなだけいくらでものんでいいというわけには行かない。

うちの介護サービスを受けている以上は、認知症の診断がある以上は、それを容認するわけにはいかない。

それでも毎日浴びるように飲みたいというのであればここを退去していただかなければならない。


でも、一口飲んだお酒はもう止められない。

そうなることもみんなが承知していたこと。


買ってきたウイスキーを無理やり奪い取ることが良かったのだろうか・・・


でも私はおじさんのこの行動は一過性のものではないかと思うのである。

飲ませてほしいとごねてスタッフと議論した翌日には、反省して

「すまなかった。おれはもう酒は飲まない」

と言いにきてくれるからだ。



次の日話をしにいった。

ウイスキーは更に減っていた。

しかし具合が悪いという。二日酔いらしい。


やはり、

「死んでもいいんだ、どうせ死ぬんだから・・・」と言うが少し気弱に聴こえる。

そしてこう続けた

「札幌に行くのはやめた。無理でないかと思うんだ。一人ではやっぱり無理だべ・・・」


一人暮らしが無理になったからここへきたことを理解している。

そう思っていることが救いだった。

そこで、こんなふうに言ってみた。

「ここに入るときに、○○さんはお酒を飲まないという約束で入ってもらった。私と息子さんとは契約を結び、○○さんもそれを承知でここに来たでしょう。だからそれができないのなら出て行ってもらわないとならない。お酒がやめれないと言う問題であれば病院に行くしかないんだよ。」


そしたらおじさんは

「だから今まで飲まなかったんだ。8ヶ月ぶりの酒だ」

そういって笑っている。


おじさんはいままでも、どんなに酒を飲んでも、暴言を吐いたり、暴力を振るったりしたことはない、温厚なおじさんなんだ。

だからわかってくれたんだね。

それに具合悪いし・・・・・


「やっぱり辞めれないかい?」

そう聞くと、

「いややめれるよ」


そういうのでウイスキーを回収するというとすんなり渡してくれた。


おじさんに、「ありがとう」という。

そして

「ごめんね」という。

そしたらおじさんは

「いやーこっちのほうこそ・・・」


最後に

「また8ヶ月経ったらこのお酒持ってくるから、そのときまた飲みなよ」

と言うと

「そうだな・・」

って微笑んで。


おじさん、ほんとに、ありがとう。


そしてごめんね。