南相馬市で被災した指導者仲間に会ってきた。


震災当日夕方、「南相馬市の老人施設であるヨッシーランドが津波によって倒壊した」というニュースが流れた。

その仲間の施設だったので驚き、私はその日から毎日彼女の携帯にメールをしていた。

なんと2週間消息不明だった。無事に2



そして今回はその倒壊したヨッシーランドを見てきた。

倒壊した・・・と聞くと、つぶれていると想像するが、実際はそうではない。



グループホーム「花縁」物語

これは老健の正面玄関。


この施設は浜通りという地区にあり、海が傍で海までは空き地が広がっている。



グループホーム「花縁」物語

地震後津波を警戒して避難を始めてまもなく(地震から約4・50分後)、その避難の最中にこの海の方向から、真っ黒い壁のような津波が襲ってきたのだという。


もうすでに何名かの利用者たちを車や車いすでどんどん反対側の丘のほうへ移動させていた。

彼女はベッドごと外に運び出された方を丘のほうへベッドを押して逃げていた。


道路を渡り畑に入ったところで、足が畑に埋もれて動かなくなる。

そこへその真っ黒い壁が後ろから体に当たってきた。

胸あたりまで浸る。

ベッドの方は無事だった。

津波が引いた後、そこらじゅうにごろごろと人が倒れていたという。


その悲惨な状況の中、真っ黒くなったその人たちを必死で救い上げたのだと言う。


津波はその一度だけ。

でもそこら辺のあらゆるものをさらっていった。


老健の内部。
グループホーム「花縁」物語




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そのときの津波の高さがくっきりと。


グループホーム「花縁」物語


こちらがグループホーム。
グループホーム「花縁」物語


これはグループホームの内部。
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ゆがんだ床。
グループホーム「花縁」物語



施設内から見た駐車場には、数台の壊れた車が見える。
グループホーム「花縁」物語


同一敷地内にある在介センター。
グループホーム「花縁」物語

ここに入っている訪問看護ステーションの看護師さんが行方不明なのだという。

地震の後、海のほうに住んでいる受け持ち利用者さんのことが心配で、様子を見てくると行ってしまい、消息を絶っている。


グループホーム「花縁」物語

36名の利用者様が亡くなった。


街中はほとんど瓦礫が処理されていた。

ところどころにこんな光景がある。


グループホーム「花縁」物語


指導者仲間の彼女は今、福島市に住んでいる。

原発の関係で自分の家には帰れない。

しかし来年はこの南相馬市に戻ることができるらしい。


今年夏ごろ、この体験を話す機会があったという。

話している最中に、両手がしびれ、あの日抱えたお年寄りの重さが蘇ってきたという。

あの日以来4・5時間しか眠れない日々が続いている。

最近は少なくなったが、突然動悸が始まるという。


こんな状況の中、案内してくれてありがとうございました。

感謝します。


いろんなことがありすぎて、想像の域を超えている。


でも彼女は震災のその瞬間から前だけを向いているように見える。


今自分がやらなければいけないことを懸命に、着実に取り組んでいる。


自分らしさを忘れずに・・・


自分のことも大切に・・・


これからもずっとこの北海道の地から応援してます。


来年の同窓会でまた会いましょう。