Yさんは
『物取られ妄想』が主症状のYさんのこと ・・・に
数え切れないエピソードを残してくれた。
このほかに
父さんの息子さんのお尻で飛ばされたことがあったよね!
そのとき体が一瞬宙に浮いて、骨折したかと思うほどだったけど、その数十分後にはすっかり忘れてニコニコだったよね。
去年肺炎になって『危ないです』とお医者さんに言われたけど、回復して歩けるようになってよかったと思っていたら、トイレに行こうとして向きを変えた瞬間転んでとうとう骨折しちゃったよね。
それから歩けなくなってしまった。
でも歩けると思っているからいつも使っていた杖(ぼっこ)を持って移動していたね。
ぼっこがあっても歩けないのに。
行事の日は必ずといって良いほど朝から興奮していたね。
花縁のことを『悪魔の館』と称し、延々大きな声で言い続けていた。
なんて勘の強い人なんだろうって思ってたよ。
でもお昼寝したらすかり元のYさんに戻って・・・
メロンのデザートを食事前に食べてしまって、他の皆が食後食べているメロンを見て、自分には空の皿を配膳したと怒ってたよね。
空の皿を配膳するからここは年々通ってくる人が少なくなる、といいところではないと独り言で私たちに訴えていた。
でも毎週来る息子様には『ここは良い人ばかりだよ』って来るたびに話していたんだって。
食に関するエピソード多かったよね。
『キムチチャーハン』『塩ラーメン』『キューイフルーツ』に『ど・く・や・く』
楽しかったなぁ・・・・・!
あえて私は彼女のことを皆に分かりやすいように『物取られ妄想が主症状のYさん』といっていたけれど、いったい周辺症状ってなんだろう。
周辺症状を誘発することを避けるために・・・・・
なんていう勉強を散々聞いてきたけれど、わたしはYさんと暮らすうち、難しい医学的な科学的な専門的な根拠なんて求めないようになっていった気がする。
Yさんと暮らすうち、周辺症状がなにであって、どうなろうと、そんなことはどうでもいいし、Yさんが抱える想いやYさんが感じる勘やYさんがしようとする行動だけで、ほかにはなにも必要はない。
認知症の周辺症状を持ったYさんと暮らすのではなく、Yさんに押し寄せる認知症の周辺症状をYさんが苦しくないように上手に付き合うことで、全てが同化し一つになれることに、いつしか気がついたのだと認識している。
このあたりからさっぱり研修に行かなくなったような気がする。
まさにYさんが私たちの教科書だった。
だからYさんが私に教えてくれたことは非常に重要で私にとっては画期的なことであったに違いない。
そう思っている。
だってその結果があの笑顔なのだから。
感謝するのみ。
なにがあってもいいんだよ。
生きるために必要なことを、Yさんの人生に必要なものをYさんが私たちに訴えていたのではないかしらね。
みんなはどう思う?