ケアマネの研修会で「センター方式」についてお話させていただく機会をいただいた。
このごろ花縁で賑わっている老人クラブ ・老人クラブNO2 ・老人クラブNO3 のKさんはまさしくこの「センター方式」から発見された出来事であったため、これをテーマとして発表しようと思った。
実践者研修にいったスタッフが、自分の課題としてこのテーマを掲げ取り組み、結果このように変化していくKさんを皆で体感している。
この出来事は私達にとって大きな財産になっている。
このスタッフがまとめたものを私が一部修正したが、彼女の想いがずっしり詰まったものになっている。
みなさん是非読んで感想をお聞かせください。
また、もっと詳しく知りたいという方はどんどんお問い合わせください。
それではどうぞ!!
事例報告・・・『「帰りたい」に隠された本当の意味とは?!』
《対象者》Kさん、男性、87歳
・ H17年夏頃、著しい低血糖昏睡にて意識障害となり入院、意識は回復したが認知症発症しており、グループホーム花縁(H17年10月24日)入居となりました。
・ 若くてお元気な時は民生委員をするなど、真面目で責任感が強く、ホーム内でもスタッフや他入居者に気遣いされる優しい面をお持ちの方です。
・ 自宅には奥様が一人で暮らしており、入居当初より「帰りたい」「いつまでもここにはいない」「いつかは家に帰りたい」と話されることがありました。
《取り組むきっかけとなった状態》
・ 日頃から「帰る」「家に帰りたい」と訴えることがあり、その都度スタッフは真摯に受け止める態度で接していましたが、H20年春頃よりその想いは強くなり、衝動的な言動が頻回に見られるようになってきました。同時に「生きていても仕方ない」「俺なんか居なくてもいいんだ」等の悲観的な発語も加わってきました。
《取り組みの内容と経過》
①(6月)上記 部分のKさんの言葉をセンター方式にてアセスメントし、Kさんが花縁で「必要とされ、頼りにされている」「ここに居ても良い」「ここに居なければいけない」と思っていただけるような関わりをして行こうと考え、『花縁で行われる行事等に関してスタッフと共有する』というケアプランを立案実行する事にしました。具体的には行事担当者が会議に仕立てKさんとの話し合いの場を設け、Kさんに様々なことを相談していくという関わりで、6月に行われた野外行事では何度も話し合いを行った結果、徐々に行事に興味を持たれ、実際の行事当日にも積極的で意欲のある姿勢を見ることが出来ました。同時に「帰りたい」という訴え聞かれなくなっていきました。
②(7月)しかし7月に入り、担当者も変わり行事を進めるにあたりアプローチの仕方が上手くいかず行事前日にまた衝動的な言動が急に出現しました。明らかに行事を進める過程でKさんの存在が薄く、ただ行事報告書のみの伝達に終わったことでご本人の戸惑いを招いたものと判断しました。
③①②の関わり方の相違を検証したところKさんの想いに対する各スタッフの見解の違いが見られました。今後ケアの方向性を統一するために「Kさんの内面的世界に理解と共感を深める」という課題を立て、センター方式Eシートを更に詳しく活用するために1冊のノートを作成し、Kさんの毎日の言動について記録していくことにしました。内容はKさんの言動のみならず、スタッフの関わり方、話したこと、経過の中で必要と思われること、今後進めていく上でどうして行ったらいいかの問いかけ、ケアのアイディア等細かく記録し、スタッフ全員でその情報を共有しながら毎日のケアにあたっていきました。
④(8月)まずKさんにとって、最初からお膳立てされた企画の参加を促すのではなく、「何を企画するか」という段階からの参加が必要なのではないかということに気づき、できるだけKさんの意見を引き出すような関わりをしていくうちに、積極的に自分の意見を話すようになり、他入居者に対しても行事の参加を促すようになっていきました。大まかな行事の詳細は決められていましたが、そこにKさんの意見やアイディアをある程度融合するよう促しながら行っていくうち、スタッフの想像をはるかに超えた活き活きとした姿が見られ、8月の野外行事を終えることができました。同時に「帰る」という訴えは聞かれなくなりました。
⑤これらの活動でKさんの活き活きとした姿から学んだこととして、彼の本当の姿、「帰りたい」という裏にある本当の心に気づくことができました。それは「与えられるだけの姿になりつつある生活に、生きる喜びを見失いかけていた嘆きの姿であり、居場所を求めその想いを訴えている姿であった」のだということではないかと考えました。問題なのは「帰りたい」と願う心なのではなく、その想いを受け止めつつも対応しきれずにいた私達側(ケアする側)であったということ。重要なのはその想いを受け入れながらも、その人がどの様に生きていけばいいのか、又はどうすればホームに住みながら、生きることを楽しめ実感できるかを見つけ出すことであると、この経験を通して改めて感じることができました。
⑥8月野外行事は成功に終わりましたが、終わった直後Kさんの様子の変化が見られました。ある特定のスタッフに対する混沌とした想いを表出していました。Kさんにとって孫のようにかわいがり信頼していた関わりの深かったスタッフに対して不満や気遣いともとれる内容で「あいつを差し置いて自分が偉そうに取り仕切ることはできない。今後自分が前面に立ってするのは遠慮したい」と申し出てきました。実際そのスタッフは意図的にそのような言動をとっていたわけではなかったのですが、そのスタッフの心の中に生まれていた様々な想いからスタッフ間の人間関係のズレが生じ、その周囲の変化をKさんがいち早く察知しこのような発言へと繋がっていったのではないかと分析しました。Kさんはスタッフ全員の存在の違いをきちんと理解しており、更に私達が意識していない心理までも感じとりながら過ごしていたのです。この出来事は私達一人ひとりの存在のあり方を考え直すきっかけとなりました。
⑦このように私達のケアに対する課題はKさんが教えてくれた様々な答えと共に、より深いものになっていきました。その課題の答えには正解はなく、今も変化と前進、失敗と成功を繰り返しKさんと共に生きるための本当の意味を探し続けています。
⑧(9月)もう思いつめたように「帰りたい」と訴えてくることはなくなりました。9月に入り敬老会を前にKさんから「老人クラブを作りたい」という提案がありました。これは私達ではなく、明らかにKさんが自分で考え自分自身からの自主的な発信でした。提案があったその日から老人クラブが確実に存在するために、私達もその想いを大切にし「老人クラブ」が前進していくために取り組みをしており、10月開設したときわ館にも輪を広げようとしています。
《考察》
Kさんに「帰りたい」と思わせていたのは私達だったのではないか。私達の視点のズレがKさんの居場所を少しずつ奪い、Kさんの「与えられるだけの人生」を作り上げたのではないのか。
再びKさんを始め花縁に住まわれる方たちに同じ想いをさせないために、同じあやまちを繰り返さないために、私達は常に想像力(創造力)を忘れずに前進して行きたいと考えています。