午後18時。
玄関で靴を探すMさん。
黒い大きなリュックを背負い、帽子をかぶり、ジャンバーを2枚着て外へ行こうとしている。
もう外は真っ暗。
家まで行ってくるという。
入居したのは昨日の午後。
その次の日の夕食後、居室前で仁王立ちになり、少し怒っていたという。
なぜこの荷物がここにあるのか?!!
だれがいったいこんなことをしたのか?!!
疑問より先に立腹。
その感情のままリュックを背負い帽子をかぶりジャンバーを2枚来て出てきた。
スタッフが「もう暗いので私ついて行ってもいいですか?」と声をかける。
Mさんは『いやいや!!いい!一人で行くから大丈夫ですから・・・・・』
花縁ときわ館の裏には線路がある。
その線路にそって西に歩けば自分の家があると知っていて、線路を目指して歩いたが、なにせ暗いので方向を誤って北方向へ行く道路をひたすら歩いていた。
スタッフは「ついてこなくていい」と言われたが、頑張ってついていく。
もう暗いので私は車で迎えに行けるようスタンバイ。
20分位してそのスタッフから電話が入る。
ホームに戻る様子は全くないらしい。
とりあえず車を出す。
歩道のない道をモクモクと歩く。
すぐ後ろにスタッフが歩く。
車の窓を開けて、声をかける。
しかし全く車に乗る様子はない。
「いい!」の一点張り。
まだ怒っているみたいだ。
怒っているといっても私達に怒っているのではない。
それは理解できた。
その道はまっすぐまっすぐ行くと樽前山の麓につく。
途中、高速道路のインター入口がある。
そこへ来たところで高速道路に入っていこうとしている。
スタッフは必死に説明しそれ以上行けない事を身体で分かってもらおうとしていた。
なんとか向きを変え、今来た道を戻り始める。
その途中、車から何度も何度も声をかける。
でも「知らない人の車」にお世話になるわけにはいかないと思っているだろうから仕方がない。
私の車を避けるような仕草も見られるようになってきたのでもう声はかけずただただ見守ることにした。
途中何箇所かで駐車して通り過ぎるのを待っている。
その道のりには花縁がある。
花縁の塀にときわ館の開設案内の看板がかかっている。
スタッフはそれを見て話し出す。
このときわ館に昨日引っ越した、荷物が運ばれている・・・・・
考えながらまた歩き出す。
考えて考えて・・・・・
角のスーパーによって店員さんに聞く。
「駅はどっちですか」
駅方向に歩こうとする。
スタッフはとにかく荷物を見に行こうと話している。
なんとかときわ館の方向へ身体を向ける。
私は車からひたすら見守る。
無事ときわ館へ戻ってくる。
玄関を出てから2時間が経っていた。
少しして連絡を取り合っていた娘様ご夫婦が来訪。
私も一緒に4人で話す。
Mさんは引っ越してきた記憶が全くないことにひどく驚き、天を仰いでおでこに手を当てている。
「もう終わりだな・・・・・」
何度も何度もこの言葉をつぶやいた。
私はなんと声をかけようかと・・・・・思いこう告げた。
『Mさん、これは病気なんです。そういう病気になったんですよ』
「・・・・・・・・・」
隣で娘様が目頭を押さえる。
次郎さんの話をさせてもらった。
だから付いて行きたかったと正直にお話しさせてもらった。
Mさんはひとこと
「命拾いさせてもらったね」
もう怒ってはいない。
いつもの温厚なやさしい顔のMさんに戻っている。
また種類の違う切なさを覚えた瞬間だった。