大切な毎日 で書いたように、医療施設の現場での「生かされている」姿はご本人の苦痛な姿として私には移っていた。

もし年をとって、「寿命」というものがあるのならば、その寿命に任せてみてはどうだろうか?と随分何度も思ったものだ。


今、医療現場での流行りはお腹から胃に直接穴を開けて管を通す「胃漏」というもの。

以前私が病院で勤務していた頃はその管は鼻の穴から入れていた。


年をとって、まして認知症を発症していたら、「食べられなくなる」ことは自然によくみられることなので、入院していたらその管は入れることになる。

認知症があったらそれは理解できないから、抵抗したり、抜いてしまったり・・・

そうすると手を抑制して、命の管を守ろうとする。

命の管を守るために、その人の「尊厳」は守られないことになる。

なんだか・・・・・矛盾。

そう思いながら、わたしは働いていた。


だから年をとって「食べられなくなった」という自然の老衰がやってきたら、それでいいじゃないか。

痛い思いや、苦しい思いや、尊厳のない思いは、しなくても・・・・・

そう思っていた。


でも、みっちゃんがそうなったとき、一番先にそうは思わなかったんだ。


入院して1週間ほどたったころだったかな。

お見舞いにいっても全く反応がない。

夕食のころで、食事は届いているのに、ぜんぜん食べられるような様子じゃない。


昏睡・・・・・に見える。

声をかけても、肩を揺すっても、布団をめくっても、ぜんぜんびくともしない。

ほどなく、看護師さんがやってきた。


看護師さんも名前を呼ぶが返事をしない。

そして私に

「今日は朝からずっとこんな状態なんです。食べられそうもないので食事下げますね」

そう言って下膳していった。

どうしてこんな状態なのかを聞いてみたけど看護婦さんでは分からない様子。


しばらくそこで顔を見ていた。

イスに座って傍で見ていた。

手を握って見ていた。


なんだか急に不安になった。

もしかしたらみっちゃんはこのまま元気にならないかもしれない。

こんな状態が続いたら元気になるなんて無理かもしれない。


そう思ったら込み上げてきたんだ。

車の中で込み上げてきたんだ。

もしかしたらみっちゃんとお別れなのかもしれないと、込み上げてきたんだ。


運転しながら涙が止まらなかった。

家に着くまで泣いていた。

みっちゃんとのお別れはそれほど悲しいことなんだ。


このとき思ったんだ。

病院に勤務しているときは、「生かされる」姿はご本人にとって苦痛そうだったと思ったけれど、今みっちゃんがそうなっているこのときに、みっちゃんがこれから先もずっと生きていられるのなら、なんでもしてほしい。どんな姿でもいいから生きていてほしい。

だから、入院していた病院のDrに「胃漏という選択肢はないですか」と質問したのかもしれない。


人間はなんて勝手な生き物なのでしょうね。

一番辛いのはみっちゃんなのに。

そう想った出来事だった。


でもこの日ですっきりできたような気がする。

ひとりで沢山泣いたから、もう十分なんだよって、ちゃんと納得できたんだ。

この日の涙があったからちゃんと前に進めたんだと思っている。