職業柄いろんな人と認知症の方についてお話をする機会が多い。

それは入居相談が主で、居宅のケアマネさんだったり、ご家族だったり。

それぞれ、認知症になり自宅で介護が困難になってきてグループホームの入居を考えるというもの。

そんな話は数限りなくあるものだ。


そのなかで最近気になる言葉の言い回しがある。

『認知が入った』というもの。


その方が、いままでどういう経過で今日に至り、これからどうしたしていきたいかをお話してくださるとき、その話の流れの中に「認知が入る」時期がある。

そして現在も「認知症を発症した」ではなく『認知が入った』なのである。


その言い回しを聞いていて、ずっと違和感を覚えていた。


「認知が入ると難しい」とか

「認知が入ったのですぐ忘れる」とかいうのである。


それとも「認知症になった」を省略して言っているのか?



どちらにしても私は聞いていて違和感がある。

正しい日本語ではない。

なぜ、『認知症を患っている』と言えないのか?


そう考えると、やはり認知症はきちんとした病気として受け止められてないように思うのである。

まるで「認知が入ると厄介だ」というように続きそうである。


そもそも「認知」なんていう、身体の中に入るものはない。

ウイルスか細菌か?


そもそも「認知」は物事の認識である。

「認知が入った」なんていう日本語はない。


「糖尿が入った」とか「高血圧が入った」とか「癌が入った」っていうか?


痴呆から認知症に名前が変わってきたけれど、名前が変わればいいってもんじゃない。

その象徴的な言い回しではないだろうか。


呼び名の問題ではない。

言い方の問題ではない。


認知症を正しく理解しているのだろうか。


認知症の認知を望むのである。