本日もご訪問
ありがとうございます。
バレンタイン
毎年、相方が厳選してくれる
チョコレート
今年はラズベリー風味。
で、既に早くも食べ終わりました
相方が3分の2…
私3分の1ね。
おいしゅうございました。
ま、
そういうもんですばい。
本日の後半のコラム
「雑誌といた時間」
その2冊目です。
相も変らぬ昔話ですが…
では4コマ
久々の「普通の人々」から…
次回1月29日は第5週
4コマは「3G」ですが…
ニューフェイス4G登場!
~ドラマ黄金時代の女神たち
最終章
桃井かおり
その16…そろそろラストを見据えないと…でもなァ…
「桃井かおり」と「松田優作」。
年齢は「桃井かおり」が2才下?
文学座の付属演技研究所では逆に「桃井かおり」の方が1期先輩。
ちなみに「松田優作」の1期下には「中村雅俊」が…。
これほど存在感も魅力もある二人…
出逢いから…そして、その後も、お互い「役者」としても、意識をせざるを得ない相手だったことは想像がつきますよね。
単なる邪推ですが…お互い、自らと似たものを相手の中に見つけ、だからこそ、どこか御しにくさ、手強さを感じていたのかも…。
仮に恋愛感情があったとしても…
多分…どこかではあったのだと思います…少なくともどちらかには…
すいません!…ほとんど妄想です。
それは同志…あるいはライバルと言った意識に近いものでもあり…
普通の男と女ではいられなかった…そんな気もします。
まして…二人ともその後、あれよあれよと言う間に
時代を牽引する「スター」になっていく訳ですからね…。
「映画」では、1974年の「竜馬暗殺(黒木和雄・ATG)」
これを共演と言っていいのか…。
この他、映画では別のステージにいるようにほとんど共演がありません。
さて…今回はこの二人のドラマでの共演作
「春が来た」から…。
前述した通り、脚本家「向田邦子」が航空機事故で急逝したその翌年(1982年)のお正月…
「テレ朝」が制作した追悼特別ドラマ。
なんせ、ここまで「太陽にほえろ」「大都会」「探偵物語」とアクション系のドラマでスターダムに上り詰めつつあった「松田優作」。
この時点で、この手のドラマの出演は珍しいことでした。
出演に心が動いたのは「向田邦子」追悼作品でもあり、演出の鬼才「久世光彦」のプッシュがあったのかも…
あるいは…?
「春が来た」…原作は「向田邦子」の短編小説…これが遺作でした。
「桃井かおり」vs「松田優作」
本格的な共演…しかも恋人役。
未だに伝説のように語り継がれている…
「ドラマをなめるんじゃないわよ!
映画でもドラマでも、真剣にやんなさいよ!」と
「桃井かおり」が「松田優作」を一括したというエピソード。
おそらく、このドラマの収録現場か…
あるいは、次の共演作「熱帯夜(1983・フジ)」の現場での出来事だったんでしょうか?
ドラマ冒頭から、二人のデート…喫茶店のシーン。
あまりに爽やかなので、それが何故か不気味な「松田優作」…。
考え過ぎでしたが…
このドラマ、終始そうなんですが「桃井かおり」の少しはにかんだ笑顔。
泣き笑いって感じがしないでもない…そんな…胸をくすぐる笑顔。
愛しゅうて、愛しゅうてたまりません!
ああ!「桃井かおり」のこういうとこが好きだったんだ…って、再認識!
詳しい筋立てには触れませんが…
これぞ「向田邦子」の世界。
それをリスペクトしつつ、再構築した「柴英三郎」のシナリオ。
「久世光彦」の魂の演出。
そして…「桃井かおり」の母親役「加藤治子」の
父親役「三國連太郎」の…
そして妹役「杉田かおる」のさりげなく洗練された芝居。
ほぼこの5人の登場人物で繰り広げられる、極上のホームドラマ。
まさに「ドラマ黄金時代」…
「向田邦子」を失った後、即座にこのグレードのドラマを創り上げる…
当時の創り手たちの情熱と技の結集。
そして「向田邦子」へのリスペクト…。
「ドラマ」の世界で、どれ程大きな存在だったかを思い知ります。
それはタイトル・題字の「中川一政」。
「横尾忠則」のイラスト…までにも行き届き…。
2時間弱のこのドラマを観終えた時の至福感は、今ではなかなか…。
そして…これまで何度触れたかわかりませんが…
自分でもしつこいとは思うのですが…すいません…
何と言っても「加藤治子」。
私にとっては、やはりこの人は「女神」。
「女」を演じて右に出る人はいません!
娘の恋人「松田優作」の出現によって
母親である「加藤治子」にも文字通り、「春が来た」訳ですが…
このドラマの…つまり「向田邦子」が真に描きたかったヒロインは…
この「母親」だったのだと思います。
振り返れば…
「七人の孫(1964・TBS)」・「だいこんの花(1970・テレ朝)」
「寺内貫太郎一家(1974~・TBS)」
「冬の運動会(1977・TBS)」・「家族熱(1978・TBS)」
「阿修羅の如く(1979・NHK)」
「蛇蝎の如く(1981・NHK)」…
「向田邦子」は様々な「加藤治子」を通して、自らの内なる「女」を繰り返し、描いてきた気がします。
最も強い絆で結ばれた「盟友」…そんな気がします。
それを十分承知の上の「久世光彦」の演出、「桃井かおり」の演技。
やはり、これもすごいです。
ドラマ中盤…
「桃井かおり」と「松田優作」のアタフタとしたキスシーン。
この時の本気で照れてる?「桃井かおり」…芝居の内なんでしょうけどね…。
ま、それはそれとして…
この時代のドラマを観て、改めて気づくこと…。
何という喫煙シーンの多さ…。
「松田優作」も「三國連太郎」もやたらタバコ、吸います。
列車の中で吸うシーンまであります…。
遠距離の列車は吸えたんですね…禁煙車両もなく…多分、新幹線も。
当時は私も吸ってましたけど…かなりヘビーに。
とにもかくにも、ドラマを語るなら…
いえ、ドラマ好きなら…まして「桃井かおり」「松田優作」が好きならば
これはどうあっても絶対、観るべきドラマです。
「向田邦子」+「桃井かおり」+「加藤治子」
次週は「冬の家族」を…。
今回は「ビッグマガジン」です。
特にお若いみなさん…聞いたこと、ないですよね。
正確に言えば「雑誌」ではなく…月刊漫画雑誌「まんが王(秋田書店)」の「別冊付録」。
何号か続いた企画でした。
これは1970年初頭の発行…お正月の特大号ですね。
この別冊の編集は「さいとう・たかを」と「さいとうプロ」の全面協力。
元々は「冒険王」の増刊として1951年から刊行が始まった「まんが王(当初・漫画王)」。
この翌年1971年には、元の「冒険王」と合併し休刊に至る訳ですが…。
欠かさず読んだという記憶はありません。
只、よく憶えているのは「手塚治虫」の「ぼくの孫悟空(当時はひらがな表記)」…
後、「板井れんたろう」のギャグ漫画「スリルくん」…大好きでした。
多分ですが…当時、この「板井れんたろう」のアシスタントをしていた「吾妻ひでお」がこの「まんが王」でデビューしている筈です。
「吾妻ひでお」は後に、同じく「秋田書店」の「週刊少年チャンピオン」で連載した「ふたりと5人」で人気作家になる訳ですが…。
この1970年の少し前、60年代後半と言うのは…漫画雑誌に関して大きなエポックメーキングの時代…。
1967年、「COM(虫プロ)」、「週刊漫画アクション(双葉社)」…
「ヤングコミック(少年画報社)」創刊。
1968年、「少年ジャンプ(集英社・当初月2)」、「プレイコミック(秋田書店)」…
そして、「ビッグコミック(小学館・当初月刊)」創刊。
1969年、「週刊少年チャンピオン(秋田書店)」創刊。
漫画ファンとしては、あれもこれも読みたいし…お金はかかるし、いったいどうしたもんじゃろかい!
…てな、うれしい悲鳴が
そうですね…「ビッグマガジン」の話に戻します。
まず「さいとう・たかを」及び「さいとうプロダクション」。
この当時、「無用ノ介(1967~)」を「週刊少年マガジン(講談社)」で
「影狩り(1967~)」を「週刊ポスト(小学館)」で
「ゴルゴ13(1968~)」を「ビッグコミック」で連載中。
いずれも好評で、掲げた「劇画」の旗は、大きな支持を集めていました。
なんせ、べらぼうに画がうまかった…。
キャラクターたちの魅力的なビジュアル。
立ち回り、アクションシーンの迫力…。
そして…一時期「小池一夫(当時・一雄」が中心になっていた脚本・構成。
例えば、「さいとう・たかを」晩年の頃の「ゴルゴ」の人物描写。
言いにくいことではあるのですが…敢えて…
「さいとう」自身が描いたものと、それ以外のスタッフとの差があまりに歴然としていました…。
この時代しか知らない人は…うっかり
「さいとう・たかを」ってそれほど画がうまいとは…?って思ったかも…。
しかし、あの当時は「甲良幹二郎」「武本サブロー」「石川フミヤス」という、3人もの凄腕の作画チーフがいた時代です。
ほんの雑魚キャラでも見事にうまかった…。
漫画家を目指す者…全国の漫画少年たちが、意を決してリスペクトする漫画家の門を叩く…ということがあります。
編集者の紹介だと、自分の意にそわない…ということもありましたからね。
誰それの所でアシスタントがしたい…
当時、その人気の双璧が「さいとう・たかを」と「永島慎二」だったと思います。
そこは希望者が殺到しますから、おいそれとは…。
有名な話…「永島慎二」のアシスタントを熱望した「あだち充」…
内諾まで行ったのに、これが「永島慎二」の都合でご破算に…。
そこで「石井いさみ」の所へ…。
結果はご覧の通りで…それはそれで良かったんでしょうね。
よくある話だったと思います。
ともかく、早くも当時から「さいとう・たかを」はカリスマ的人気があった訳です。
さて、「まんが王」誌上で「さいとう」作品が掲載されたという記憶はありません。
断定はできませんが…。
しかし「さいとう・たかを」自身も「劇画」の魅力を子供たちにも広めたい…という思いがあったのだと思います。
本誌に「劇画入門」という連載ページを持っていました。
「劇画」と「漫画」はどう違うのか?
どんな道具をどんな風に使って描くのか…。
どんな勉強が必要なのか…
デッサンからデフォルメ…人物・背景の描き方
構成・コマ割り…ストーリーの構築…
かなり細かく、懇切丁寧な解説でした。
「漫画」の入門書というものは「神様・手塚治虫」を筆頭に、多くの漫画家が著しているのですが…。
私は今も持っていますが、おそらく当時最も読まれたのは「石森章太郎(石ノ森)」の「マンガ家入門」の正続2部作(1965・1966)。
これを読んで、漫画家を目指した少年・少女は多かったと思います。
少し時差はありますが、ともかく、この「さいとう・たかを」の劇画入門も連載中から好評でした。
そしてこの別冊付録「ビッグマガジン」
基本的には彼の単行本時代を含めた過去の作品集。
この1970年No.2…
巻頭の「口絵」が迫力の「無用ノ介」決闘シーン。
そして「右うでを切る」「ノンストップ」「ショックマン」「日曜日の朝の来訪者」の4作品を収録。
更にこの時の目玉が「劇画入門・初等科」の総集編。
年少読者に向けた「さいとう・たかを」の熱い劇画愛が迸(ほとばし)っています。
冒頭に掲げられた「宣誓」を…
われわれ劇画家を志すものは、つぎのことをかたく守ることを誓います。
一、 劇画を理解し、劇画の向上と発展につくす。
一、 心とからだをいつも健康に保つ。
一、 あらゆることがらをよく見、きき、観察力をやしなう。
一、 なにごとも自分の頭で考え、自分の頭で判断する。
一、 ひとの作品をぬすまない。
一、 つねに自分を愛し、人間を愛することを忘れない。
最後の二つ…如何にも「さいとう・たかを」らしいですよね…。
漫画・劇画が熱い時代でした
この項・了