去年の夏、リハビリのために2週間入院しました!
歩く練習だけではなくて、通学のためにバスに乗る練習もさせてもらいました。
毎日が刺激的で楽しい入院生活でした( ˆoˆ )

初めて義足を履いた時は、「ええ!無理!歩けるわけない!」って思いましたが、リハビリを重ねるうちに「歩けるかも!」に変わっていきました。
できることがどんどん増えてとても嬉しかったです。

退院してから、病院の主治医の先生や理学療法士の先生たちが代表を務める、「大和鉄脚走行会」という義足ユーザーのための陸上クラブチームを見学しに行きました!
あのときの驚きは今でもしっかり覚えています。
義足とは思えぬほど速くて、みんな楽しそうで… 
私もああなりたい!!走りたい!!と強く思いました。
そこから月に一回の練習に参加し始めました。
板バネを初めて付けたのは去年の9月ぐらい。

でも簡単に走れるわけもなく、最初は全然走れなかったです。
いつまで経っても走れないし、つまらんなーと思っていました。笑

板バネで歩く練習から始め、横跳びの練習をして、横跳びを前にもっていくようにする練習をして…と繰り返し、ようやく走れるようになったのは今年の2月ごろ。
初めて走れた時は、本当に本当に嬉しかったです。
「今走れましたよね!!」って連呼して、大はしゃぎでした。笑

私にとって、主治医の先生や理学療法士の先生たちはだんだん「病院の先生」ではなく、「練習仲間」になっていきました。

先生たちは、なんとなんと模擬義足(健常者が義足を体験するのに、膝を曲げて履くことができる義足)で、走るのです。
普通は歩くのを義足の人たちに教える道具らしいんですが、先生たちを見ているとそんな道具であることを忘れてしまいます。
「模擬義足で走る」という、新しいスポーツのように感じます。笑
そんな変わった(笑)先生たちと出会えたからこそ、私は今頑張れてるし、走ることが好きになったんだと思います。

それに、たくさんの義足ユーザーさんたちと出会えたことも大きなポイントだと思います。
ユーザーにしか分かないこともいっぱい相談できるし、何より本当に楽しい。

義足という繋がりで出会いがあって、世界がどんどん広がっていきました。


そんな私は、6月8日にデビュー戦の日本パラ陸上競技選手権に出場しました。
初めは陸上競技をする気は全然なくて、バスケするためと体育が思いっきり出来るようになるために走る練習をしてたんですが、先生から、そして大西瞳選手に「陸上の大会に出てみなよ!」と誘ってもらい、うーん、なんか楽しそうやし出てみようかなと思いエントリーしました。

目標は「完走すること」笑

そして大会ですが、無事完走でき、22秒82でゴール!
夢中で走って、気づいたらゴールしてたという感じでした。それがすごく楽しい!!と、私の中で何かが燃え始めました。

そして7月5日、関東選手権に出場しました。
タイムは21秒73。
前回のタイムから、1秒以上縮めることが出来ました。
東京の友達も応援に来てくれて、本当に嬉しかったです。
この大会で「陸上をやっていこう」と決めました。

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家に帰っては、ずっとゴロゴロしているだけの高校1年間ちょい。
それがガラリと変わり始めます。

関東選手権の次の日に、もっともっと速くなりたいと思い、陸上部の顧問の先生に「入部させてください」と言いに行きました。
先生は快くOKしてくれて、その日から陸上部員となりました。笑
部員のみんなもとても歓迎してくれて、本当に本当に嬉しかったです。
初めて学校のグラウンドを走った時、他の部活の人達にめっちゃ見られて、なんだかドキドキしたのを覚えています。笑

大腿義足だからなのか、体力がめちゃめちゃ落ちていたからなのか、みんなにとってのアップが私にとっては本練習並みの疲労感でした。笑
最初は全然ついていけなくて、悩みまくってました。
でも、今では距離を減らしたりすることはまだあるけど、なんとかほぼ全部のメニューについていけるようになりました。
引退するまでには全部ついて行けるようになりたいです。

そしてそして、9月6.7日。ジャパンパラリンピック。
標準記録を越すことが出来たので、出場できることが決まりました!
すごく嬉しいです!自己ベストを絶対に出したい!
頑張るしかなーーーーい!!