ぬくもりのかわりに抱きしめたぬいぐるみ
ちょっと長い自己紹介の目次→目次①前回のお話 → 「お母さんがいい」と言えなかったぬくもりのかわりに抱きしめたぬいぐるみ保育園の時間は楽しかった。けれどその時期は、弟の誕生による家庭の変化も重なり、私の世界は大きく揺れ動いていました。夜眠るときにはいつも、母方の祖母が作ってくれた「ウサギのぬいぐるみ」を抱いて眠っていました。一緒にいて安心できる唯一の存在。母は添い寝してくれましたが、それは弟のついでのように感じていました。母の横は、弟専用の場所。私はそこに行ってはいけないと、強く叱られ悲しさとさみしさが胸をしめつけました。大人になってから「ブランケット症候群」という言葉を知りました。毛布やぬいぐるみなど、特定のアイテムに強い愛着を持ち、それに触れることで安心感を得る…まさに私がそうです。大人になった今でも不安感が高まるときは、ぬいぐるみではないですが、特定の抱き枕なしでは眠れません。いつからか家族から「お姉ちゃん」と呼ばれるようになりました。母はさらに余裕を失っていったように思います。私が覚えている一番多い記憶は、母に叱られる場面と、弟の泣き声、そして自分が泣いたときに非難されている瞬間でした。母が笑っていた記憶は残っていません。困った顔か、イライラと何か言いたげな顔ばかり。私はよく「神経質だ」と言われました。HSPという気質を知るのは、もっと後になってからです。ニオイ、音、光、温度、天気、肌触り…ほんの些細な違和感でも強く感じてしまう私は、それを訴えるたび「気にしすぎ」「変」と怒られ、だんだんと「自分の感覚はおかしいのだ」と思うようになっていました。特にニオイには敏感で、生乾きの臭いがどうしても気になって服やタオルを嫌がると、母には嫌味に聞こえたのでしょう、バンという大きな音と共にヒステリックな叫びを浴びたこともありました。ただ、嫌だったから「いやだ」と言っただけなのに。あるときはポジティブに言い換えても、それでも怒られました。何を言っても、私の声は余裕のない母にとって騒音だったのでしょう。煩わしいノイズ。そうやって私は家庭の中で「邪魔な存在なんだ」「子供は荷物なんだ」と感じるようになっていきました。次回のお話 → 小学校という“異世界”に置かれた日ちょっと長い自己紹介の目次→目次①