「空」と「実存主義」ふたつの哲学が教えてくれる“心の自由”
仏教の「空(くう)」サルトルの「実存は本質に先立つ」という言葉について考える時間がありました。一見まったく違う世界の話のようですが、どちらも“私たちの心の自由”について、とても大切なことを教えてくれます。仏教の「空」──すべては“余白”を含んでいる「空」と聞くと、“何もない”というイメージを持つ方も多いかもしれません。でも本来の「空」は、 “すべては固定された実体を持たず、関係性の中で変化し続けている”という、とても柔軟性のある考え方です。人も、感情も、未来も、ひとつの形に固まっているわけではなく、常に変化し続ける“余白”を持っている。私はこの“余白”という言葉がとても好きで、そこには無限の可能性が息づいているように感じます。サルトルの「実存は本質に先立つ」──あなたの本質は、あなたが選ぶサルトルは、“人は生まれた瞬間に決まった本質を持つのではなく、選択と行動によって自分をつくっていく”と言いました。「私はこういう人間だから」「私はこういう恋愛しかできないから」そう思い込んでしまうことってありますよね。でもサルトルは、“あなたの本質は、あなたがこれから選ぶことで変わっていく”と教えてくれます。ふたつの思想が重なる場所──“未来はまだ決まっていない”仏教の「空」も、サルトルの実存主義も、実は同じ方向を指しています。“あなたは固定された存在ではなく、 選択によって未来を創り続ける自由な存在である”これはスピリチュアルの世界でよく言われる「未来はひとつではない」「あなたの波動や選択が未来を変える」という考え方とも、通じ合うように感じます。過去の記憶が、私たちの“選択の幅”を静かに狭めてしまうこと「空」も「実存主義」も、“あなたは何者にでもなれる”“未来は無限の可能性を持っている”と教えてくれます。けれど現実の私たちは、いつもその自由をそのまま使えるわけではありません。なぜなら、 私たちの選択や行動は、過去の記憶や体験によって制限されてしまうから。それは往々にして、無意識の領域で影響を及ぼしています。・幼い頃に感じた寂しさ・誰かに言われた一言・うまくいかなかった恋・「どうせ私なんて」と思ってしまった瞬間こうした記憶は、心の奥で“見えない枠”をつくり、未来の可能性を狭めてしまうことがあります。「私はこういう人間だから」「私はこういう恋愛しかできない」「私は幸せになれないタイプ」そう思い込んでしまうのは、本質ではなく、過去の記憶がつくった“偽物の本質”なんです。過去を癒すことは、未来の可能性を広げることだからこそ、過去を癒すことは過去を掘り返すためではなく、未来の自由度を取り戻すためにあると私は思っています。過去の痛みを少しずつ癒していくと、心の中に固まっていた“本質のように見えたもの”がほどけていきます。すると、「私はこういう人間だと思っていたけれど、本当はもっと自由だったんだ!」という感覚が戻ってきます。これはまさに、仏教の「空」が示す“固定されない本質”であり、サルトルの「実存主義」が語る“自分で自分を創っていく自由”そのものではないでしょうか。心理カウンセリングは、 見通しを曇らせていた“過去の影”をやさしく溶かしていくツールです。そしてあなた自身の選択が、未来というキャンバスに色をのせていき美しい絵が描かれていきます。あなたは何者にでもなれる。未来は無限の可能性を持っている。その自由を取り戻すために、過去を癒し、今を選び続けていきましょう。