「どうして私を拐ったの…?
あなたの狙いはブレスレットでしょう?」
「だからブレスレットはしっかり頂きましたよ。クレールさん。」
怪盗クレーはそう言って、私がさっきまでしていたはずのモルガナイトのブレスレットを見せた。
いつの間にブレスレットを…
「返して!
それは私の…私の大切な人から貰った………
パパから貰った大切なブレスレットなの!
お願い…返して…
私からパパとの繋がりを奪わないで?」
私は長年培ってきたとびきりのタレントスマイルを怪盗クレーに向ける。
怪盗と言えど、所詮は人間。
このタレントスマイルに落ちないわけが…
「フッ…
やめてよね、その笑顔。
俺、その全く心がこもってないタレントスマイル、大っ嫌いなんだ。」
怪盗クレーは冷たく私にそう言い放った。
タレントスマイルが通用しないなんて………
「テレビの前で君を見てみたけどさ、全く感情のこもってないタレントスマイルみんなに向けて、それで支持されてるのが不思議でたまらないよ。
ファンの中から誰かを探すようなことして、失礼じゃない?
彼氏さんでも探してるの?」
「違う………」
「歌にも感情がこもってないしさぁ………
何?辛いのこの仕事?
辞めれば?
そんなに辛いなら辞めちゃえばいいじゃん。」
どうしてこの怪盗は………
全部お見通しなのよ………
エレオノールも…ママも…気づかなかったのに…
どうしてあなたなんかに…そんなこと言われなくちゃいけないの…?
「あなたなんかに分からないわよ………」
「何が分かんないの?
そりゃ言ってくれなきゃわかんないよ。」
怪盗クレーの声は、何だか楽しそうに聞こえた。
分からない………
あなたに私の気持ちなんか…分かるわけない…
「私は…私は…
トップ歌手になんかなりたくない!
パパとママが仲良くしてくれないなら、トップ歌手になったって意味が無いの!」
小さい頃は、二人共幸せそうに笑って私の歌を聞いてくれた。
二人がずっと幸せで…三人で、ずっとこうやって幸せに笑っていけるなら…
私はトップ歌手になりたいって本気で思った。
だけど、私が事務所に入って、人気が出ていくにつれて、パパとママは仲が悪くなっていった。
喧嘩が増えて、家を出て行ってしまうくらい………
ママは、私が事務所に入ってから厳しくなった。
カロリー制限させられ、甘いものは禁止。
お休みもほとんど貰えず、お休みの日はレッスンで潰れるなんてこともしょっちゅうだった。
そんなママに、パパは嫌気が差したんだろう。
全部…全部全部…私がトップ歌手になりたいなんて言ったからだ………
「不満はそれだけ?
まだ余裕があるみたいだから、全部聞いてあげるよ。」
怪盗クレーはそう言って、チラッと私の後ろを見た気がした。
だけどそう言われて私の感情は抑えられなくなり、これまで溜まっていた不満が滝のように流れてくる。
「私だって………
私だって、美味しいものいっぱい食べたい!
カロリーなんて気にしないで、お腹いっぱいご飯食べたい!
甘いものもいっぱい食べたい!
ケーキも、アイスも、普通の子みたいに写真撮って、「美味しいね」って言いながら食べたい!
私だって、友達と遊びに行きたい!
普通の子みたいに、泥だらけになるまで遊んで怒られて、夜更かしもしたい!
私は…私はただ…
パパと…ママと…普通の子みたいに…
ただ幸せに笑っていけたら………
それだけでいいの!!!」
私は…私はただ…
パパとママと一緒に…
ずっとずっと幸せに笑っていたいだけなの………
「クレール………」
すぐ後ろで、ママの声が聞こえた。
ビックリして振り返ると、目に涙を溜めたママがマルセルさんに手を引かれていた。
「ママ………」
私が口を開くよりも先に、ママがマルセルさんの手を離して私を強く抱きしめた。
温かい…久しぶりのママの温もり…
それに、溢れんばかりの愛情を感じる…
「ごめんね…ごめんね、クレール………
ママはただ、あなたの夢を叶えてあげたかっただけなの…
トップ歌手になるには小さい頃から訓練が必要だって事務所の人から言われてね…
だから、カロリー制限して体型管理して、美容にも気を使って、歌もダンスも上手くなるようにレッスンさせて………
だけど…それが全部あなたの重荷になっていたなんて…
気づかなくてごめんなさい…
こんなママを…酷いママを許して………」
「ママ………
許すよ…私のためにやってくれたんでしょ…?
私、ママの笑ってる顔が好きなの…
だから泣かないで、ママ………
あの時みたいに笑ってよ………」
私がそう言うと、ママはあの時みたいに…幸せそうにニッコリと笑ってくれた………
「いたーーー!
観念しろ!怪盗クレー!
クレールちゃんには手ぇ出してねぇだろうな!?この女ったらし!」
「出してないよ………
それ、君の部下に言ってあげな。」
怪盗クレーはそう言いながら、柵の上に登る。
「逃げんなこの卑怯者!」
「卑怯で結構。捕まるわけにはいかないから。
じゃ、後でね。下で待ってるよ。」
彼はマルセルさんにそう言って、颯爽と屋上を飛び降りた………
