リハーサルが終わり、とうとう残すは本番のみ。
遂に怪盗クレーと対面することになるのね………
それにこの仕事が終わったら、大事な話があるってママ言ってたし…
怖いなぁ………
「クレールさん、大丈夫ですか?」
不意にマルセルさんが私に声をかけてきた。
心配そうに私の顔を覗き込む。
「………ちょっと緊張するかも」
「大事な仕事の上に怪盗クレーも控えてますからね…
大丈夫ですよ。クレールさんのことは僕が守ります。
安心してください。」
マルセルさんはニッコリと笑って私の頭を撫でてくれる。
また心臓が少し跳ねた。
………気のせい気のせい。
「やっぱり不安だな…
どうしたんだろ…いつもはこんなに緊張しないのに…」
声や手が震えるのをバレないように必死に隠しながら、わざと明るくマルセルさんに話しかける。
この仕事は、私の中ではとってもとっても大事な仕事。
絶対にミスなんかできない。
それに怪盗クレーなんかにこのブレスレットを奪われるわけにはいかない…
「………魔法かけてあげる。
ほら、鏡見て座って?」
マルセルさんは私を鏡の方に向かせて座らせると、傍にあったコテで私の毛先を内側に巻き始めた。
男の人なのに、すごく慣れた手つきだ…
「どうしたんですか?
急にこんなこと…」
「んー…
何かね、僕の妹に似てるんですよ。クレールさん。
腕っぷしだけが強い僕なんかと違って、親のいいところ全部引き継いじゃったもんだから、親からの期待を全部背負っちゃってね…
最初は楽しそうに、嬉しそうに、一生懸命その期待に応えようとしてたんだけど…
多分相当なストレスを抱えててね…
ある日プツンと何かが切れちゃって…逃げ出しちゃったんだ…
僕、あの子のこと守れなかった…
だから、クレールさんのことは守ってあげたいの。
同じこと繰り返したくないんだ。
………ほら、できた。」
そう言って、マルセルさんは悲しそうに笑いながら私の肩に手を添えた。
あれ…髪巻くだけでこんなに変わるものだっけ…
「自分に正直に生きた方がいいよ。
嫌なものは嫌ってちゃんと言わなきゃ…
きっと分かってくれるよ、エミリーさんなら。」
そう言って、マルセルさんは私の頭を優しく撫でてニッコリ笑った。
自分に正直に………
ママ、分かってくれるかな…?
「では、めでたくこの街のPR大使に就任致しました、クレール・ペッシェさんに委嘱状の授与です。」
司会の人がそう言い、私が市長さんから委嘱状を受け取ると、眩しいフラッシュが私たちを包む。
その奥では嬉しそうに笑うエレオノールと、少し警戒態勢のエグルさんが見える。
あれ…?あの壁際にいるのって………
「では、続いてクレールさんから就任のスピーチをして頂きましょう。」
間違いない…私が見間違えるわけない…
あの人だ…
私の大好きな…大好きなあの人だ…
「クレールさん…?」
「あ、はい。えっと私は…
私が今回この街のPR大使に就任させて頂きました、クレール・ペッシェです。
えっと…今回こんな大きなお仕事を頂きまして………」
涙を堪えて何とか言葉を紡ごうとすると、突然照明が落ちた。
怪盗クレーの襲撃か…?
怪盗クレーの予告を知らない人たちは急に照明が落ちたことに困惑し、ザワザワと騒いでいる。
かくいう私も恐怖で足がすくんで動かない…
どうしよう…早く逃げなきゃ…
怪盗クレーにブレスレットを取られちゃう…
気持ちが焦るだけで一向に足が動かない…
助けて…パパ…ママ…マルセルさん…
恐怖で声も出ず、泣きそうになっていると、急に足が宙に浮いた。
何?誰?
もしかしてマルセルさんが私を抱き上げてくれ………
「暴れると落としちゃうよ。」
耳元で、聞いたことのない人の声が聞こえた。
恐怖で血の気が引いていく。
もしかして…この人…
私、本当に拐われちゃうの…?
声の主は私を抱き上げたまま、裏口の螺旋階段を駆け上がっていく。
「嫌!お願い下ろして!
私のこと連れて行かないで!」
「暴れると落としちゃうって言ったでしょ?
大人しくしてて。」
私を運ぶ声の主は、黒いスーツに黒いマントを身に着け、黒いシルクハットを深く被った私の予想通りの人物だった………