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研究と見えない世界の備忘録

日々のメモ。見えない世界のこと。子育てのこと。学業のこと。

長らく「今のこの私」以外の状態を知りたいと思い望んでいた。生まれる前はどんな世界・感覚なのか、過去世があるとしたらどんな自分なのか、などとにかく「気がついたら自分だった」この現状以外の感覚が知りたくて仕方なく、霊的な力のある人にすごく憧れたり、死んだ後はどうなるのかも気になって、死ぬのを楽しみにしたりしていた(寿命を全うした後に死ぬという意味で)。子どもの頃から、ここではないどこかを夢見るように空想の世界を生きてきたような気がする。でもスピリチュアルな力とか繊細な感覚は無いってゆう…ただ憧れだけがあった。

でもある時ふと、
「生まれる前のことが知りたいって思ったけど、そもそも生まれてからの自分の事でさえあんまり覚えてなくないか?」と思い至った。そして、今の自分という感覚がどれくらい遡れるか知りたくなり、「…例えば去年の今頃はどんな状態で何を考えてた?」と自分に問うてみたのです。

この疑問がわいたのは確か2019年の12月だったのだが、その前(2018年)の12月のことは割とはっきり思い出せた。じゃあその前(2017)の12月はどんな自分だった?と問うと、それもまた容易に思い出せました(ちなみに12月は私の生まれ月で毎年運気の良い時期だったりするので思い出しやすい)。それでは2016年12月は?2015月12月は?と同じように一年ごとに遡って思い出してみた。

すると、高校1年か2年の12月までは思い出せた、という結果になり、中3以前は年単位での断片的な自分しか思い出せない、とゆう結論となった。中3以前になると、その頃の自分のイメージとか印象的な出来事は覚えていても、「◯月」とピンポイントに時期をしぼると、もう無。何も思い出せない。そして3歳くらいからは時期関係なく一切記憶が無い。

と考えると、物心ついた時から続いてると思っていた「私」ていうのは決して確固たるものではなく、少なくとも15歳より前の記憶はだいぶ途切れとぎれなわけです。16歳以降も忘れてしまったことはものすごく沢山あるわけだし。そもそも今世の自分があやふやにしか捉えられていない。細かく詰めだすと相当曖昧な記憶のかけらのようなものを「自分」としているに過ぎない。「気がついたら自分だった」以降の出来事や思いさえ忘却しまくっているんだから、過去世なんか思い出せるわけがない。
…いや人によっては思い出せたりするのだろうけど、私の場合はあやふやな自分をすっとばして未知の世界に思いを馳せるのはほどほどに、近いところから丁寧に見つめ直し暮らすことが視野を広げる一歩かもと考えています。