台風の日の夜に | 研究と見えない世界の備忘録

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台風の日の夜に、お義父さんが旅立った。お義母さんや子どもたちが皆揃ってる時に、苦しむ感じもなく徐々に呼吸が変わり、安らかな最期だったそうです。天気がひどくなる前に身体を自宅に帰すこともできたのだと。ここ一〜二週間くらい、家族は皆気が張っていただろうから、悲しみもある中だけどひとまずゆっくり休んで欲しいです。

私は昨日37週の健診〜義父のお見舞い〜帰宅の流れだけで疲れ果てて今日はびっくりするくらいずっと寝ておりました。夫がこまめに父の状態を教えてくれて、それを確認しながら寝ながら食欲はしっかりあるのでごはん食べながらお腹の子と2人きりで過ごす不思議な時間を過ごしました。まだ数日夫は帰らないので、もう少し胎児ちゃんと2人きりの生活です。

私が出来ることは何もないのだけど、実家に連絡して、あと神棚封じというのを初めて行いました。喪中の間は神社参拝は控えるものだけど、自宅に神棚がある場合はお祭りしている神様から穢れ(=死)を遠ざけるために正面に半紙を貼るのだそうです。


こうなりました。合ってるか分からないけど…。まず神様にご挨拶して、義父の報告をして、見守ってくださった御礼をしてから榊やお供え物を下げて、神棚の扉を締めて半紙を貼りました。喪中の期間は関係によって変わるそうで、私(義父にとって息子の妻)だけが住んでる家だとしたら期間は7日くらいですが、夫(義父の息子)も住んでる家の神棚なので49日はこのままで、お供えやお祈りもしないで過ごすのだそうです。

本当は毎日安産祈願をしたかったのですが、私(母胎)と胎児ちゃんに関しては既に充分ご加護を頂いてると思ったので(毎日何回同じお願いすんねん…と神様は思ったことでしょう)、喪に服す方を優先しようと思いました。

子どもには、産まれたらお祖父ちゃんの話をたくさんしてあげようと思います。私の祖母は私が物心つかないうちに亡くなったので記憶が無いのですが、母がとても良いお祖母ちゃんだった、とても可愛がってくれたと何度も話してくれたので私の中で素晴らしい存在になっています。子どもにとってのお祖父ちゃんもそんな風になればいいなと思います。

義父は自分の人生を気に入っていたように思う。家族を愛していて、会社や趣味の集いの方々にも慕われているようだった。夫が彼氏だった時に、いびつな偏見とか野心みたいなのが無いので、「多分親が良いんだろう。結婚しても義両親には恵まれそうだな…。」と婚約もしてないのにこっそり思ったぐらいです。義父や義母のいまここに充足している感じは子どもたちにもしっかり伝わっていて、皆が地に足を着けて、誰かを羨んだり不足を憂うとか無く人生をエンジョイしているので私は何度もびっくり感心してきました。もっと生きたかっただろうな。もっと生きて欲しかったな。

優しい人というのは最期まで優しくて、家族がお別れの覚悟ができるまでの時間をとって、ゆっくり旅立ってくれた。最期はお水も飲んでないのにとてもがんばって側にいてくださった。お義父さんありがとう。この世を離れてしばらくの間というのは、忙しかったりするのでしょうか。身体は楽になったと思うので、どうか安らかにいてくださいね。