相方が実家にUターンしてからは、何度も書いてるけど、
休みが基本日曜日だけなのと、平日休むのは雇っている社員の手前できないという理由で、
旅行の誘いは全て断られた。
私の親の住む島の実家へ行った時も、相方母はいいと言ったけど相方が断った。
仙台の七夕へ行った時も、
私は子供と2人で行こうとしたのを相方母が休んでいいから3人で行って来たらというのを相方が断った。
他は相方母を通す前に相方が断った。
引っ越してからも毎週のように“東京から遊びに来る”人がいて、
毎週外泊する相方に私はまたイラ立っていた。
引っ越せば外泊がなくなると思っていたのだ。
相方はこっちに親しい友人はいない。
飲むことがあってもたまにだろうし、外泊もないだろうと思っていた。
飲み友達と別れて飲めなくなって寂しいだろうなと相方をかわいそうに(ざまあみろ)思ってたくらいだ。
友達が遊びに来たら一緒に温泉に泊まってゆっくりしたらとまで言っていたのだ。
そしてやり直せるんだと思っていたのだ。
それが違うとわかって、
相方へのいろんな思いを自分が子供と2人で出かける事にぶつけだした。
2002年の相方の外泊があまりに多かったので、2003年からカウントし始め、
いつかこの外泊の数だけ相方が働いてる時に子供と2人で遊びに出かけて楽しんでやると思ったのを、
ついに実行にうつしたわけだ。
それでも相方が一緒にこしたことはないので、毎回誘っていたのに断られていた。
そして私達が留守の間も“東京から遊びに来た”人達と楽しんでた。
私はその悔しい気持ちでワガママな3歳児に立ち向かってたようなものだ。
大人1人と3歳児で新幹線に乗るとかTDRに行くとか、そりゃもう大変。
騒ぐし、言う事聞かないし、自分がトイレにも行けない。
TDRでも食べ物の列に並んでると子供が途中で逃げるので食べ物にありつけない。
目の前で入場が止められたりすると、泣きわめいて手がつけられない。
ファストパスの時間より早く着いてしまった時も、入ると言って地面に寝転がって泣きわめいた。
スペースマウンテンに乗せろと泣きわめいて、慰めてくれたキャストをたたいたりもした。
ホテルへの帰りに寝てしまった子供を1人で背負ってやっとこさ部屋にたどり着いた日もあった。
そういう時、
「ここで泣き言を言ってたら相方にせせら笑われる、
くじけちゃダメだ、くじけたら負けだ、
東京から来た人と楽しんで外泊して、私を踏みつけにしてバカにしてる相方に負けを認めるようなもんだ、
負けちゃダメだ、子供と2人で出かけてる時に泣き言言っちゃダメだ」
とわけのわからない理屈で自分に気合を入れてたのだ。
TDRで父母そろった家族連れが圧倒的に多い中で子供と2人でも頑張ってたのだ。
多少無理のあるスケジュールでも重い荷物背負いながら子供の手を引いて必死だったのだ。
2005年5月に引っ越してから2005年末までに10回49泊も子供と2人で出かけた。
島の実家と埼玉の実家に滞在した分を含めてだ。
それでも相方の2005年の外泊には追いつかなかった。
相方の引越後の外泊とはいい勝負だったけど。
引越後のお互いの外泊を足して重複した日を引くと91泊、3ヵ月分だ。
家族3人揃わない夜が2.58日に1回あったということだ。
数字で見ても壊れた家庭だな。
埼玉の実家から3週間ぶりに帰ってきて、
新幹線が駅に着く2分前にメールで今晩も飲みに行くことを告げられた時も、
相方にとって自分と子供の意味のなさに呆然とした。
東京から遊びに来るんだから、事前にわかってるのになぜ教えてくれないのか?
わかってれば帰る日を変えたのに、
子供が「おとーさんに会いたいな」と言って会うのを楽しみにしてたからゆっくり会える日に変えたよ。
私がその日に帰るって決めたの夕方で直前なんだから、その時間にはもうわかってたでしょ?
今思えばせめてお友達と同じ新幹線に乗ってくればよかったよ。
その日の来訪者は彼女より悪友の方が可能性が高いと思うけど、
しつこく何時の新幹線なのか私にメールで聞いてたのは心配だったからかもしれないし、
同じ新幹線で同じ車両に乗ってたら笑うよな。
でもうちらは禁煙の自由席だから、喫煙に乗ってたら会わないけど、改札とかで会う可能性もあったし。
同じ新幹線に乗るとわかったら、向こうに時間を変えさせただろうか?
今さら考えても仕方ない事だが。
年末には相方1人で仕事も休んで東京へ行ってしまうという事態を迎えるわけで、
私と子供の2人旅行もあまり相方には意味をなさなかったようだ。
まあ、寂しくて携帯の子供の写真を眺めてた夜もあるにはあったらしいが、
こっちが留守の時だけ「寂しくて(子供の)写真見て涙が出たよ」とか言われても、
自分が外泊してる時は何も感じないくせに、
子供が行かないでって泣いても遊びに出かけるくせに、
こっちが出かけた時だけ子供に会えないかわいそうな父親ぶらないでよ、
と思ってしまうだけだった。