甥っ子の千太郎が企画した室内楽のコンサートを聴きに行った。

 メンバーは彼の所属するオーケストラの団員たちだ。そこに、いつも千太郎の伴奏をしてくれるピアニストが加わり、ファランクのピアノ五重奏とメンデルスゾーンのピアノ六重奏、という大作2曲、更にアンコールがシューベルトのピアノ五重奏「鱒」という豪華なプログラムだった。
 そして、ピアニストの
岸川さんの演奏が見事だった。いつも千太郎の伴奏をしてくれているので腕前は知っていたが、今回も又素晴らしく、超高速で難なく鍵盤を弾き回るから、一体どんな練習をしたらあんなに弾けるのかしら?と口があんぐりである。
 
 何年か前の話だが、親子コンサートで、トルコ行進曲をファジル・サイがジャズ風にアレンジしたものを弦・打・ピアノ6人で演奏した。千太郎が自分のライブでも使いたいから楽譜を貸してと言う。
 トリオを組んで定期的にカフェでライブを行ってたが、そこでのピアニストが岸川さんだ。クラシックのすごい腕前は何度も聴いて知っていたが、これはジャズ風のアレンジだからね、と楽譜を渡した。
 驚いたのは後日、どうだった?と千太郎に聞いてびっくり玉手箱!

 楽譜見て2秒で弾いたよ。
 うへ~とひれ伏すしかなかった。
 
 屋外ライブで強風と闘い、ぐったりしていたが、この夜の彼らの演奏に刺激された。
 千太郎は楽しそうに弾いていたし、バイオリンは超かっこいいし、皆、気迫に満ちた演奏だった。

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 さあて、いよいよだ。

 刻々々々、時は迫って来る。気がつけば、♫時は〜時は〜過ぎてゆく……にならないうちに気を確かに持って練習だ。

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 オープニングの曲、予想以上に手こずっています、と小人たちに泣きつく。一朝一夕では弾けないんだよ、と言われ、その通りと肝に命じた。

 ソロはともかく、伴奏を失敗する訳にはいかない。伴奏での失敗とは、楽譜を見失う事だ。
 動体視力の逆で、ここで途中まで戻るとか、ここで終わりに飛ぶ、とか、ダル・セーニョ、Coda、などの記号の指示に従って、譜面の上を素早く動くのだ。それが、前話でも書いたように、目玉はノロノロとさまようばかり。
 これほど怖い事はない。どんなミスタッチよりも怖い。
 
 フジコ・ヘミングさんが神様にお願いする、と言ってが、まさにそれだ。
 まあ、フジコさんと言えども、神様に知らん顔されてしまう時もあるらしい。私なんか、かなり知らん顔されている。

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 ヴィレッジのライブ当日の朝、4時半に目が覚めた。眠れなかったのではなくトイレに行きたくなったのだ。
 このまま起きてしまおうかと思ったが、待てよ、と考え直した。今さら焦って、1、2曲練習したって焼け石に水、それより少しでも眠って、頭をスッキリさせたほうがいい。ダメ元で布団に戻り寝直す。ダメ元どころではない。たちまち寝入ってしまった。
 
 目が覚めれば頭はスッキリ。二度寝は気持ちが良い。
 練習の仕上げは、縮小コピーして厚紙のファイルにプログラム順に綴じたものを、曲が替わるたびにササッとめくる動作だ。これをやっておかないと、ページが畳まれたままだったりして、慌てる。

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 ヴィレッジに着いてベースの浦島さんに会う。
 全面的にヘルプお願いしますと挨拶。噂通り優しそうなおじさんだ。いつも感じるがジャズマンは皆優しい。

 あれほど練習したにもかかわらず、オープニングのソロは何とも残念な出来だった。
 悔しがっている暇はない。
 ライブの始まり始まり〜なのだ。

 やっぱり、目玉は音符を差が探して、彷徨う。浦島さんのベースがなかったら危なかった。
 前日の夜まで、アドリブフレーズのテキストと首っ引きで考えついたフレーズもろくに弾けなかったが、ベースの助けで、冷や汗タラタラのなんちゃってジャズにした。

 みんな、すごく集中して歌っているから、私も真剣について行く。 
 
 うたそのの4人とグリが聴きに来てくれた。客席に知り合いがいるのは心強い。

 すべて終えてコーヒーで打ち上げ。
 みんな気持ちはハイのまま。

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 ラベンダー祭りの屋外ライブと今回のヴィレッジのライブ、伴奏ラッシュを終えて改めて準備が大切だと思い知った。 
  
  ラインが飛び交う。予想通り、皆、お疲れの一杯をやっている。
 
 いつもの事で我が家にはビールの一缶もないので、夫が買ってあるよ~というアイスで小人たちと打ち上げ。
 次回こそ、と誓う。 

 ポップスの魅力にも取り憑かれたし、濃い時間が流れた二週間だった。