ブツブツ言わせてくれないか。 -2ページ目

聴く聴く聴く聴く。

どーもスカッと晴れないね。

雨の日はとりあえず音楽を聴くんです。
ひたすら聴くんです。


DJ Krush - Candle Chant A Tribute feat BOSS THE MC
かっこよすぎー。


Tha Blue Herb - ill-beatnik(live FRF'00 in NAEBA)
煙たい~。


あかり from HERE ~NO MUSIC, NO LIFE.~ / クラムボン feat. THA BLUE HERB
コレ、先日のKAIKOO POPWAVE FESTIVAL'10でライブやったらしい。(下記リンクからどーぞ)
http://www.dax.tv/?item=4848
鳥肌!!!!!


Break Boy in the Dream feat.七尾旅人 - 環ROY
最近すごーく好きな曲です。
トラックもラップも歌も好きです。
ジャジーでもなければギャングスタでもないヒップホップ。
すげーいい。気持ちいい。
このコマ送りみたいな加工ってどうやるんだろう。
気になる。


AFRA / Coockin' feat. DJ KENTARO
すげー。
テクノロジーの進化というかリアルタイムレコーディングからの2枚使い。
kentaroのスキルハンパないッス。


DJ KENTARO/Harvest Dance
ここ何年かヒップホップルールにとらわれていない曲が好きだったりしてます。
もちろんヒップホップも好きで聴き続けてはいるんですけど、
テクノとかハウスとかそういう簡単に言うと「速い曲」が好きだったりします。
この曲はもう数年前の曲になりますが、この曲も速い曲を好きになるきっかけの曲だったりします。
以前はバトルショーケースが多く、長くても30分とかのライブが多かった気がしますが、
最近はken君もPCを取り入れてライブショーケースとして時間も長くプレイしている見たいです。
見れる機会がある方は是非。
以前札幌にも来たキリークも凄いですが、ken君も凄いですよ。

また気になる音楽あったらUpします。
そんじゃ。

あと一週間、おもクソ遊んでやろうかと思う。

今日もあちいね。

北見は37℃とな。
微熱かよ。
俺なんて平熱低いから余計暑く感じるんじゃねーかと思いつつ
北見の親戚は大丈夫かと思ってましたわ。

さてさて…

2010年8月16日より、札幌豊平区にある
西岡第一病院に入院することになりました。

2月にニセコのアンブレラバーにて開催された
極悪4649レールジャム
にて膝をぶっ壊し…
手術するヒマなどなく、安月給でこき使われてたのですが

Twitterやヴォイスなどで書いた様に仕事を辞めたので
手術することにしました。

それで一昨日にスポーツ整形で有名で
みんなにオススメされた西岡第一病院に行ってきました。

とりあえず、その日にはレントゲンと触診で…
まぁ前十字靱帯は切れてるだろうね。
との事。
MRIも撮ってみないと何とも言えないんだけど、
尋常じゃないぐらつきだから切れてるね。って。

それで、今日MRIを受けに行き…
診断結果は

右膝前十字靱帯断裂及び、内側半月板損傷。

だそうです。
半月板もイってるって言うのは想定の範囲外だったな~。
でもよーく考えたら、それもおかしくないかと。
だってブチんて切れたのに、その後もジブしたし…
2~3週間で調子こいてキッカー飛んで、悶絶したし。www
肉体労働出来ねーって言ってるのにさせられたし…。

そりゃそんな結果にもなるわね。

入院期間は5週間を予定してます。
術後2日でリハビリ開始。
3週間後には松葉杖。
4週間後に一本外し…
5週目には歩けるそうです。

これで人生2度目の長期入院。
(手術は4度目。うち3回は右足首外側靱帯断裂。)
リハビリ意外に何したらいいんだろうなぁ~。

今更ドラクエとかやるかな。苦笑

完治までは6ヶ月だそうで、来期のスキーはかなり遅れてスタートに。
今からだと2月の中旬ですか…。
雪が多ければ5月までいけるから良いけどねぇ。

しかたねーべ。

と言うことで、手術まであと一週間チョイしかないんですわ。
なので、タイトルの通り…

あと一週間、おもクソ遊んでやろうかと思う。

です。

みんな遊ぶべー。
カネはないけどさ。苦笑

とりあえず明日は誕生日なので、何にも考えずに遊んでみます。

そんじゃまた。

おまけ。

まだiPhoneからYoutubeに上手にUp出来んのぅ。


Summer Madness/KoolAndTheGang

アツがナツイ夜には…。

mixiから移動させなきゃならないものであります。

こんにちは。

絶不調なチダです。

mixiの日記を外部日記に設定すると、過去の日記は読めなくなるんだね。
普通に考えて当たり前の事だし、別にいいべって思ってたから
なーんも考えてなかったんだけど…。

最近の絶不調具合から、過去にmixiの日記で書いた事を確認したかった。

かなり真面目な話です。
この日記を読んだことがない人にとってコレは衝撃かもしれませんね。
原文にも注意書きはありますが、重たい内容でナガイです。
あまりいい内容ではないので、今の事も最後に書いてあるけど
スルーしてもらって結構です。



そんじゃ載せます。



以下コピー&ペースト
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2008年11月の日記より

「告白。」


今日は少し真面目な話をしたいと思います。

チダです。

実はタイトルの様に告白したいことがあります。
しかし、今の僕を知っている人は全く信じることが出来ないかも知れません。
今回この事実を告白しようと思ったきっかけは、
自分自身に対して今一度状況把握をするということから、現状を打破する
ことが出来ないか?というところからです。

正直真面目な駄文を読みたいと思う方は多くはないと思います。
そのような方は読まれない方がいいと思います。
僕のことを少しか理解してくれようと思う方も多くはないと思います。
そのような方も読まれない方がいいと思います。

内容も一切面白いということはありません。
コメントもしづらいかと思われます。
この告白によって、不快に感じられることもあるかも知れません。

それでも良ければこの日記をご覧ください。

それでは早速ですが告白させていただきます。

僕は病気にかかっています。

病名は鬱病とパニック障害です。

おそらく鬱病にかかり始めたのは、高校で留学していたころからです。
症状としては吐き気、眩暈、精神不安定等です。
最初は学校へ行けないぐらい朝から吐きまくっていました。
そうすると、病院に連れていかれ、胃潰瘍の初期状態と診断されました。
海外でわけもわからない薬を3年ほど投薬しましたが、胃の状態を治すのみ
の薬であるため、症状は回復しませんでした。
留学を終えて帰国し、大学に行くか働くかを迷いました。
またアメリカの大学に進学することも考えました。
僕の親は、自営業を営んでおり跡取りは僕一人でしたので、
僕は帰国していち早く親の営んでいる仕事を覚える方が先決だと考えました。
しかしながら親はそれを反対し、「学歴」を求めました。
その間には幾度となく口論が続き、結局僕は大学に行くことになりました。
アメリカの高校は9月に学年が始まり、6月で終わるという形態でしたので
大学入学の際には1年下の学年の人たちと同じタイミングになりました。
それなりに友達は出来ました。
親友だと思える友達も出来ました。
しかしながら、学校の授業は僕にとってストレス以外の何物でもありませんでした。

英語の授業は、理解しすぎるためレポート提出のみ(一部授業では邪魔者扱い)
他の日本語の授業では4年の海外生活でのブランクから日本語が理解できない。

ストレスは溜まる一方でした。
幾度となく学校を辞めようと思いました。
もちろん親に反対され、辞めることは出来ませんでした。

その結果なんとなく大学に通い、なんとなくバイトをやったりやめたりを繰り返し
気がつけば大学3年の冬でした。
大学3年の冬になると、周りは就職活動を始めました。
僕は就職する気はあまりありませんでしたが、親・周りの目からとりあえず
就職活動を始めました。
何十社も受け、時には東京や他の地域にも行きました。
そして十数社から内定をいただきました。
しかしながら、内定をいただいたことを親に報告しても、
そんなもの・・・といわれるばかりで、良い顔はされませんでした。
最後に受けた会社(現在の職場)に内定をいただいた時にはじめて親が納得したので、
その会社に入社することにしました。
その会社は世界的な一流有名企業の子会社の子会社です。
一応大元の会社の名前が僕の会社に入っていることが、親にとってはステータスなのでしょう。
はっきり言って、自分としてその会社が好きなわけではなく「しかたなく」という形でした。

とりあえず、親が喜んでいたから。
とりあえず、内定もらったから。

そんな気持ちで入社しました。
入社前には研修があり、学校の論文で忙しい時期に、会社から論文の提出を求められました。
論文提出にあたり、東京へ行かなくてはならないこともありました。
入社後に約1ヶ月の研修があり、そこでもう他の有名大学出身者との差を見せ付けられ
その研修に自分が存在していることが苦痛でたまりませんでした。
研修では実際に行う業務に関してあまり触れられず、配属が決まり実際に現場に行ったときには
ただただ上司に言われるがまま、営業活動を行っていました。
しかしながら23~4の少し前まで学生であった自分なんかの話を聞いてくれるお客様はいませんでした。
僕はただ毎日通い、顔を覚えてもらうことに専念しました。
しかし、ここでも僕は邪魔者と思われていたようで、僕の提案することがお客様に受け入れられることは全くと言っていい程ありませんでした。

何をやってもうまくいかない、しかし上司にはやれとどやされる。だけどうまくいかない。
そんな日々が7ヶ月続きました。
言われることが何一つ出来ていない自分を責める自分がそこにはいました。
そんなことを考えていると帰宅するに帰宅できず、残業の日々が続きました。
そして帰宅しても、寝ることが出来ず、常に寝不足の状態が続きました。
幾度となく、自殺も考えました。最後の勇気がなく出来ませんでした。

そして、僕は月に一度の朝礼で倒れました。
救急車で運ばれ、内科の病院へ。
診断はもちろん異常なし、ただの貧血。
翌日から普通にまた会社に行く事になりました。
しかし、数日後今度は家で倒れ、知り合いの精神科に行くことになりました。
それが去年の11月です。

そこで初めて「鬱病」と診断されました。
正確にいうと「自律神経失調症」という診断でした。

11月も終わろうとしている繁忙期に、医師は1ヶ月間の休職を勧めました。
僕はもちろん繁忙期ということでしたので、休むのを拒みましたが
親・医師から事故になりかねないとのことでやむを得ず1ヶ月間の休職をしました。
1ヶ月では回復する兆しがなかったものの、1月の頭から復帰することにしました。
そして、1ヶ月が経とうとした頃また体調が不安定になり、倒れました。
その日に精神科に行き、3ヶ月の休職を勧められました。
もう僕は断ることが出来ませんでした。
この頃には「鬱病」と診断されました。

そして3ヶ月休み、2週に1度の通院をしながら療養を続けました。
それが今年の2月からの3ヶ月間です。

4月になり、もう復帰しなくてはと思い、医師にその旨を伝えましたが、
まだ早い。とのこと。結局5月に復帰することになりました。
5月に復帰し、今までとは違う部署にて働くことになりました。
デスクワーク中心のあまり負担の少ない部署ということでした。
しかしながら数字を詰められ、自分ではどうすることも出来ず、
年上の営業マンへの指示がメインの仕事です。

上記のようにちょっと前まで学生で、まして長期に渡り休職していた僕の提案を実行してくれる営業マンは一人もいませんでした。
メールを送っても、読まずに捨てられたりもしてました(現在でも)。
そんなことが続きまた会社で倒れ、病院へ運ばれました。
そして医師からは2ヶ月の休職。
またも休職を余儀なくされました。

親はもうどの様に接していいのかわからず、僕とひたすら口論の日々。
僕は体調が優れず、引きこもる毎日。
それと併発したメニエール病。

最悪の状態でした。
それが今年の9月頃。

もう休んでいられないということで、なんとか復帰。
だけど、毎日寝れるのは2時間程度(断続的)。
数字はいつものように詰められています。
父親には「男なんだから」元気だしてがんばれと・・・。
僕にはお前が将来実家の血を継いでゆく存在なんだからもっとしっかりしろとしか聞こえませんでした。
お前なんて楽な仕事して給料もらってるんだから甘えるなとも。
結構もう限界。
これが今の状況です。

親友だった友人もこの病気のおかげで失いました。
沢山の人からの信頼も失いました。

僕はこれからどのように生きていけばいいのかわかりません。
毎日毎日どうすればいいのか考えても答えは見つかりません。
毎日どうやって死ねばいいのか考えています。
だけどそれすらもわかりません。
そんなことはおろか、死ぬ勇気もありません。
会社や親の前では少しばかりは元気さを見せ、安心させることしか出来ません。
というか、実際は全く元気ではないので、それも限界に来ているといってもいいでしょう。

生きたいと懇願する人がこの世の中には何万といるというのに
僕は死にたいと懇願する毎日です。

笑いたいです。
自分の中にある感情から笑いたいです。

これが今の僕です。

精神的に甘いと言われればそれまでです。
しかしながらそのような事すらも自分自身の力ではどうすることもできないのが現状です。

これが皆さんへの告白です。

駄文・長文失礼いたしました。
それでは仕事に戻ります。
では。

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原文ママ



なぜ今この日記を読み返したかったというと、
今もあの頃の状況に近づいてきているような気がしたからです。

今は自分で決めた仕事なのに、同じ状況になっているっていうのが多少違うけど。
まぁ自分で決めたんだけど、入ってみたら結構難アリだったっていうね。
確実に言えるのは、病気としての症状が出てきているという事。

メシも食えないし、断続的にしか寝れない。
会社に入って3カ月。(たった3カ月といわれるだろうが。)
正直ツライっす。

だけど、確実にあの頃と違う事がある。
それは…

気持よく、楽しく、自分らしく仕事は出来るんだという事がわかった。

という事。
それはね、ニセコで教えてもらった事。
だからもう、死にたいとかそういう事は思わなくなった。
せっかく楽しく生きていられるんだったら死ぬ必要はないと思えるようになった。

本当にニセコに行けた事は自分にとって大きなプラスだと思っている。

ニセコに招いてくれたエイスケにも感謝しているし、
ニセコでよくしてくれたコージ君やジョー君、一緒に働いてくれたスタッフにも
もちろん感謝している。

正直現状の俺じゃ、そのみんなに合わす顔がないくらい腐ってきている。
折角俺にチカラを与えてくれたみんなに、これじゃ申し訳ない。
もちろん、札幌にいる友達にもだ。

だから、現状打破すべく決断をしなきゃならないと思う。
いつまでも、こんな腐った自分と向き合うのは、
俺が一番嫌だからね。

なんにせよ、こういう考え方が出来るようになったという事だけでも、
08年の冬から俺は成長出来たという事なんじゃないだろうか。
それがわかっただけでも良かったかな。

超過激派マイナス思考人間の俺が、少しでもプラスに考える事が出来ている。

それだけで今日は腹いっぱいだ。

それではまた。

あべしんというオトコ。

photo:04


あべしん。

運転中の姿勢が半端なく
よろしい1983スキーヤー。
(写真中央左側)

photo:05


普段は冷静且つクールに
ジブやキッカーをキレキレでこなす
サラリーマンスキーヤー。
麦わら帽子は似合わず、
ワンピースの主人公になる。

photo:06


彼の活躍の場は会社や雪山だけではない。

カラオケ。

それが彼のもう一つの活躍の場。
運転中の素晴らしい姿勢も
このステージでは豹変するのだ。

photo:07


何も姿勢だけの話ではない。
顎のスタイルが変化することから、

あごしん

の異名をも手にしているのだ。

photo:08


photo:09


photo:10



彼とカラオケに行き、歌わずとも
その味のあるシングスタイルで
周囲を魅了してくれるのだ。

photo:11


それがあべしんというオトコ。

iPhoneからの投稿

我胃汁出まくり。


何か胃汁が出まくりで、オェってます。

汚くてゴメンね。

きっと3年前と同じ状況に
近づいているのが原因なのだと
思います。

さて、明日は日曜日。
雨だって言うし、カネもないから
引きこもるか。

photo:01



Jahまたいつか。


iPhoneからの投稿