ダラダラとブログを書いてきているけれど

さっき気がついた。


私のブログのタイトルの付け方が良くないことを。


タイトルからだけだと、どんな内容なのか推測しにくい。


やっぱり他の方はタイトルからどんなことが書かれているのかなんとなく想像できるし、少なくともタイトルに関係することが書かれている。


私のは抽象的すぎる。


たぶん私の意識が、このブログは忘備録としてのブログなのでサービス精神がないのだろうなとも思う。


何年も書いていて初めてそんなことに気がついた。


前置きが長くなったけど、

タイトルにある取材されることについて。


ここ数年、取材されるという経験を何度かした。

前もどっかで書いたかな?

記憶ないけど、書いたかも。


今年も2回あった。


取材されたということは、なにかしらの媒体にその記事が出てるのだけども

本や雑誌や新聞に掲載された。


写真付きやイラスト付きのこともあった。


25のときに地方紙に出たことはあったけれど

ここ最近はポチポチと露出。


でもここには載せない。

あくまでもここは愚痴吐き場なので大切に保管しておきたい。


お手伝いした新聞の連載も佳境に入った。

書籍化されるといいなと思う。

そちらは児童文学。


書ける人はいいなと思う。


今更ながら、取材されるばかりでなく

私も書けたらいいなと最近思うようになってきた。

芥川賞候補にもなった作家さんから

私の視点と言葉選びが的確で鋭いから

興味を持ったと言われた。

プロにそう言われて、ちょっぴり喜んでいる自分がいる。ちょろすぎる私。


大学も無事に卒業したし(昨日、卒業証書が届いた。2個目の学士取得)勇気を出してやってみるのもいいのかもしれない。


でも書けなくて誰にも見てもらえなくて

打ちのめされるんだろうなというのも想像つく。


ブログは愚痴なので気軽。


ちゃんとした読み物、、書き物はそうはいかない。


でもね、恥かいても死ぬわけじゃないしね。


その前に気分転換の旅‼️


ああ、旅したい!


子どもの進学のための貯金に手をつけようとするダメ親。


息子も、普通じゃない相当変わった母親の元に生まれてしまったという自覚はあるようで

たまに「普通の親のところに生まれたかった」とか曰う。虐待してるわけじゃないんだからそれはないだろうと思うけど、わかっている。息子はそんなママが大好きだから言えるのだということも。


でも親というのは子どもにとって一番最初の理不尽さを与える存在でもあるべきだと思っている。

子どもにとって一番最初の他人。

だから、進学のことを考えていないような親の態度も一つの社会勉強。

なんとかなるってわかってるから私だってやるわけで。子どもにはそこまで見えないから不安になるのだろう。その割には勉強しないけど。

(なので春休みだけ塾に行かせることにした。ラマダン中でしんどいだろうけど、仕方ない。勉強の方法とつまずいてるところがどこなのか客観的に知らないとダメだろうから。)

ただ、いつこっちも死ぬかわからないので

その覚悟は常にしてもらうように、ちょいちょい指導はしている。


ああ、今、ラマダン。

ダメだ、今年はまるでやる気でない。

断食してない。できない。

病気がなければならなきゃならないが  

最近は断食するとヘルペスがすぐにできるので

困る。つまりそれだけストレスを感じてしまうのだろう。

生活のリズムが崩れるのも良くないのだと思う。

息子のお世話になっている寮に食事のお手伝いに行くときのみやろうと思う。

そういう意味で今年のラマダンは忙しい。



で、そなあとは、とにかく、

とにかく旅にでたい。

5/8からはかつてのように日本に入国できるそうじゃないか。

面倒な手続きがいらなくなる!


呼吸が止まりそうだ。