人生に何度も
「うーーー!ジーザスクライスト!」
と言いたくなるときってありますが、
あ、今はムスリムなので
「アッラーフアクバル!」というべきですが…
日本にいると、触れる文化の量は圧倒的に西洋ものが多いので、相当頑張らないとイスラム的文化に触れるのは本当に難しい。
さて、、久々に「アッラーフアクバル」な気分で
どうしようもなくて、
友達の誕生日のお祝いの電話をしたのに、
結果、こちらが慰めてもらってしまうという
出来事がありました。
私にも多くはないですが友達がいますけど
正直に言えば、
いまのところ、本当にぶっちゃけ(この言葉嫌い)話しができるのはムスリムじゃない友達かもしれない。
勿論、ムスリムの友達もとても親しくさせてもらってるけど、
ぶっちゃけ(この言葉、嫌いなんですが、使うしかない…)ムスリムのみんなは、本当に頑張り屋さんなんで、良い子なので、私のような不良ムスリムにはちょっと畏れ多い人々なんですよね。
私もイスラム教が好きになって改宗したわけですが、人間そんなに簡単に変われませんし、変わり過ぎたらなんか嘘っぽくないですか?
おまえ、なんか変わり過ぎて気持ち悪ぞ、
くらいに私なら思ってしまう。
人間、完璧になれる訳がありません。
そんな強いんですかね?人間って。
でも、諦めずに向上しようと努力することに意義があるんだと思います。
ああ、今日もダメ人間だったなあ。
でも、明日からは少し頑張ろうかなと
思うだけでもいい。
ただ、それを許してくれるのは神だけだと思います。
でもさ、何回もダメ出しされて、ちっとも改善された様子がなければ、仏の顔も三度までですよ。
限度がありますよ。
ただ、アッラーはその点、無制限なんで甘いんですよね。
だから、イスラムの国って変わらないんだと思います。現状でもオッケー、気持ちは前向きだから。というわけです。
イスラムの国でも、他の宗教の影響が国に強く働く国はそれなりに変わりますよね。
金という宗教もその一つです。
本当はそこに地球という宗教も入るべきなんですけどね。
私達人間は誰一人として地球に依存しないで生きていくことはできないんですから。
日本人、金宗教もアレルギーありますよね。
どこか、お金は汚いものみたいな。
お金儲けが下手というか。
私もまんまとその罠にハマって
相変わらず貧乏です。
そのあたりも教育の必要性を感じます。
私ができる金銭教育はイスラム的なものしか
ないです。
その考えがこの先も使える知識であると信じて伝えていくしかないです。
とりあえず1400年以上は使えている知恵なので
資本主義よりも長い歴史があるということは
知っておいて損はないということの証明だと思います。
色々と横道にそれちゃった。
えっと、何が言いたいかと言えば
宗教もバランスが必要ということです。
それは自分がムスリムとしてちゃんとしてないことの言い訳をしてるだけのことかもしれないけど
ヒジャーブするとかしないとか、
酒飲む飲まない
豚食う、食わない
なんでもいいじゃんと思うんです。
でも、とりあえず、しばらくは
言われた通りやってみて
それでもなにも得られないのであれば
それはその人に合わない宗教なのかもしれない。
私の場合、
ヒジャーブはTPOによります。オフィシャルな場所、プライベートを晒したくない場所では被ります。
でも、イスラムのイベントではなく、極々親しい人と会う時、日本の社会に埋没したいときは被りません。だから近所の人も私のことを認識できないときがあります。
「妹さん来てるのねー」なんて言われたことも。笑
豚肉、食べれますよ。
でも、豚肉が入ってるものを、食べると下痢します。すぐにお腹壊します。なので、やはり食べない方がいいみたい。
酒 ほんの少しなら大丈夫そう。でも、すごく弱くなってしまって体調悪くなることがわかりました。だから、相当のことがないと飲む必要はないなと思います。小麦粉アレルギーになったせいで、ノンアルコールビールもアレルギーが出てしまうので、飲めません。
冬に飲むグリューワインでも、酔っぱらってしまうので、かなりアルコールを飛ばさないと無理。
そこまでして飲まなくても、美味しい葡萄ジュースでグリューワイン風を楽しめると知ったので
それで十分。
宗教的に正しいことが決まってる。
それをとことんやる。
で、自分やまわりから不協和音が聞こえてきたら
何かバランスが取れてないんだなと見直す。
その繰り返しじゃないのかなと思います。
無理はしたくないし、しなくていいと思う。
ほどほどに、できることから。
じゃあ、宗教なんて要らないじゃん、となりそうですが、私は弱い人間なので
宗教という目に見えないけど
多くの人も取り組んでいる
枠組みがあれば、その仲間でいたいです。
日本人という枠組みはときとして、冷たく
ガッかりすることもありますが、これは生きて、国籍を変えない限りはついてくる枠組み。
ムスリムであることは今や世界の半数にも届きそうな勢いの勢力と繋がる枠組み。
数の上からいえば、ムスリムでいることは
日本人、アジア人であることよりも
この地球でサバイブするには有利になるかもしれない。
逆に言えば、地球の半分を敵に回す可能性もあるのだけれど。
宗教も人間という種が生き残るための擬態の一つなのかもしれない。
だから私は、迷ったときはには動物や昆虫の生き方を見るようにしている。
大脳新皮質じゃなくて、古い脳みそに聞く。
でも人間という宗教なので、なかなか
古い脳みその声は聞こえない。
修行してる人は聞こえるんでしょうかね。
まあ、色々分からないからこそ
人生やっていけるんだと思う…
なので先が見えないから死ぬってのは、
見えてる人っているの?と聞きたい。
疲れ切ってしまうと
消えたくなる、死にたくなるけど、
それでもやっぱり自殺は勧めたくない。
だってどうせみんな死ぬんだし。
生きてる間に、恨みつらみがあるのなら、思い切って人に迷惑をかけまくって生きていけばいいのにと思ってしまう。
自殺しちゃう人って、きっとそれができないんだと思う。良い人なんでしょうね。
「自分のケツをお前に拭かせて何が悪いんだ」
と言えるような人は絶対に自殺しませんよね。
例えば、政治家が良い例。
私も政治家ほどの悪人じゃないけど、
清い人間でもないので生きていられるんだと思う。
清流のイワナよりドブ川のコイのしぶとさです。
死ぬ前に人は何を思うかというのを
たまにみるけど、
みな、家族との時間を取ればよかった、
働き過ぎたとか…。
それと、もっと挑戦すればよかった、
というのもあったような。
人間って、失敗するかもしれないとわかっていても挑戦したい生き物なんでしょうね。
韓国のハロウィンの将棋倒しの事故は
本当に気の毒としかいいようのない事故。
でも、あの場に行った若者を責めるのはおかしいと思う。
事故が起きたことを正当化するつもりはない。
ただ若者とは常に挑戦したい人なのだ。
新しいこと、
楽しそうなこと、
ワクワクしそうなことに
向かって行けるのが若さ。
少なくとも
事故が起こる前までは、
あそこにいた若者達は
本当に楽しく、
人生の充実を感じていたのではないかな。
ニュースによると韓国政府はすぐに被害者家族やあの場に居合わせた人達のメンタルヘルスのための対策室を立ち上げたそうだ。
そのニュースの内容から
キリスト系の教会の力も小さくない韓国の、
宗教をうまく使っている社会の一つの表れなのかもしれないなと感じた。
危機にこそ宗教の力が必要だけれど
日本では元々信仰がある人以外は難しいだろうな。
それが政治や教育の結果なんだけど
もう既に相当な宗教アレルギーの種を植え付けられた日本人に話したところで
通じる人は少ないのもわかる。
だから、若い世代が海外留学しなくなったりするのは、日本のような島国では致命的なこと。
ならばやはり鎖国でもして、ますますガラパゴス化した方が変な国としての価値は上がるかもしれないけど、そこまでもやれない中途半端な国。
さて、
壺のお母さんからしたら、息子が元総理大臣を撃ち殺しても、世の中をこんなに騒がせても信仰し続けていられるのは、すごい信仰心だなと思う。
でも、歴史に残るようなことをした息子を持つことになるという
ある意味、信仰から得られる最大級の褒賞なのかもしれません。
それによって人々の宗教を見る目、考え始めるきっかけも与えたわけだし、一人の信者の身内が社会に与えた影響力の大きさは
組織としても危機でもあり、チャンスでも
あるでしょうね。
私はTちゃんと、冬に飲む約束をしたので
それまでは宗教的に慎ましく
真面目に生きることにしようと思う。
どうでもいい話しにお付き合いいただきありがとうございます。
