ムスリムになって、当然、色んなムスリムと知り合う訳ですが、本当に色々みんなバラエティにとんでいて、そんなムスリムと国際結婚した人達の大変さも人それぞれ。
私も夫家族とのことが面倒だなと思うこともあるが、ウチの場合は親族よりも夫本人が面倒で…。
まあ色々と問題が起こっても
一応、ベースにはイスラムというものがあるので、何が正しくて、何が間違いかが明確で助かる部分はある。
でも、そのベースが世界みんな同じであると思ったらとんでもない!
その解釈おかしいだろ!って思ってしまうことは
少なくない。
私には幸い、そこまでの違いはない。今のところ。(でも夫にはイラつくが。)
それはたぶん、ガーナがイギリスの植民地だったこと、教育システムが西洋化されてること、夫の親族は皆、首都に暮らし、ある程度、現代的な教育も受けているからだと推測する。
観てるTV番組や映画も私達日本人とほぼ同じだし。私が観てないのは、アフリカ産のドラマくらい。ネトフリレベルのアフリカドラマや映画はそれなりに鑑賞出来るが、ローカルのものは理解が難しかったり、何がおかしいのかわからないこともある。
一方で、同じイスラム教の人々でも、かなり辺境なエリアから来た人々や、アラブ人、アラブ系でも、マジの遊牧民、西洋的な教育を全くといっていいほど受けたことのない人々との深いお付き合いは、私ならイスラムを嫌いになってしまうような価値観を持っておられるように感じる。
そうじゃない人もいるだろうけど、
まあ、ここはザックリいかせてください。
なんというか、全くアップデートできないというか、頑固というか。
勿論、宗教というものは、やたらめったら勝手にアップデートしていいものではないことも理解している。
特にイスラム教はアップデート禁止。
とにかく原典に忠実でなければいけない。
ヨーガも崇高なるマンネリ8000年!と先生が言っていた(笑)。
色々変えちゃったヨーガはヨーガじゃなくて
ヨーガダンスですとのこと。
確かにそうなんだろう。
だから、ヨーガじゃなくて、みなヨガになってるし。
では、なぜ、そんなに地域によって
こんなにイスラムの様子も異なるのか?と言えば
知ってる人には当たり前のことですが
イスラムは学者の解釈が色々あるということがあるのです。
その時代、その時代で、原典にあたる学者達が
「これって、こういう意味じゃね?」ということをムハンマドsawが亡くなって、妻のアイーシャも、初代カリフもいなくなってどんどん時代が下ってからやってきたわけですよね。
だから、イスラムってかなり自由度高いんだと思います。
そこが良さでもあるんだろうけど。
イスラムにはバチカンみたいに明確なヒエラルキーがある訳ではない。そういうのがあった方がいいという人もいるけれど、
私にはまだ分からない。
誰か一人の解釈、決まりに囲われてしまうのは
危険ではないのか?と思ったりもするから。
そしてイスラムの学者は尊敬されるけど、崇拝対象にはならない。
その点で、多少違うのが、スンニ派とシーア派。
私はスンニ派を採択してます。
シーア派の解釈は苦手です。
で、不真面目ムスリムとして生きてる私も
少しずつ、あ、この学者の解釈好きだわーとか
これはムリーとか出てくるわけです。
で、私の推し学者はイギリスのオックスフォードにいるインド出身の学者である
Mohammad Akram Nadwiという先生。
この先生について書かれた本を読んでから
その本の内容を全面的に信用するとして
私がムリーという解釈を採用している社会を眺めると、彼らはむしろ都合よくクルアーンやハディースをアップデートしたからこそ、おかしくなってるんだと理解しました。
もしも、原典や自分達よりも過去の学者や先達達の解釈を大事にするのであれば、
今のイランのような事象は起きないし、
サウジアラビアも今のサウジアラビアのようではなかったろうと思いますし、勿論、ISとかもってのほかな訳です。
それは私自身のの恥ずかしいエピソードからもそれがわかります。
あるとき、あまりにも夫に腹が立って
ついあるイスラムの先生に愚痴ったことがありました。
「まるで我が家は女の私が夫で、
夫が妻のようだ」と。
するとその先生は、「だからイスラムでは女性は外にあまり行かない方がいいし、仕事をしない方が良いとも言うのです」と言ってきた。
はいはい、はいはい、来ましたよ。
都合の良い解釈が。
つまりですね、無能な男の無能さを隠すには、
女がより無知であればいいんです。
女が外の世界を知らなければ、他人と自分を比べる機会が減れば減るほど、男は女より優位な立場でいられるのです。
そもそも力や体力では男には敵いません。
そこに外からの刺激まで遮断されたら、女はいくらバカな男でもすがって生きるしかありません。
でも、イスラムでは男女平等に扱うことが謳われていました。そういうハディースもあるし。
なので当然、女の子にも教育を受けさせなければいけないはずなのです。
アフガニスタンの女の子達が本当に可哀想です。
ところがいつの間にか、
男の都合の良いような解釈が採用されてきてしまったという残念な歴史、文化的背景があります。
前も書いたと思いますけど
名誉殺人とかイスラムの教義にないですからね。
人を殺すなと言ってるのに。
とは言っても
異教徒を殺せと書いてある部分も確かにある。
しかし、これも深くクルアーンを読み理解すれば
過去においても現代においても
単純に人を殺せばいいということではないとわかるはずなのに、その手間を省き、バカで無知な人々を惹きつける道具としたのがビン・ラディンとそれに続く人達だ。
それって、イスラム社会だけではなく、
この国の政治や
最近、ネットを騒がせている
ひろゆき問題にも通底している。
選択的読み違えは無知な人々を惹きつけるのだ。
話しがズレそうになったから、ちょっと戻すわ。
そもそも、ムハンマドsawの最初の奥さん、
今風に言えば、結婚した頃、彼女は
歳上のバツ2のバリキャリですよ。
アラブ社会とかの処女大好き信仰からしたら
「え?」って感じでしょ。
数人しか読んでないブログだから言えるけど
お前ら賢い女が嫌いないバカなんだな!ってことだよね。
そしてムハンマドsawは「知識は武器」だと言っている。
つまり、アラブ社会や女性を虐げている地域の男達は女に武器を与えたくない訳です。
情けない男だよ、全く。
そんな男の●ん●んなんか、切り落としてしまえ!って思うのは私だけじゃないはず。
私の仕事は人を、特に今は女性を、前は外国人をエンパワメントすることですが、
エンパワメントで大事なものは色々ありますが
やっぱり知識が大事なんですよね。
知識があれば、苦境から脱出できるんです。
まあ、その前に疲れていたら、まずその疲労を回復することからはじめなきゃいけませんけど、
元気になったら行動する。
でも、闇雲に動くのではなく知識に基づいて行動しなきゃ意味がない。
イスラム教の人と結婚して悩んだり、苦しんでいる人もやっぱり最後は知識でもって解決するしかないと思う。
もう少し時間が出来たら、じっくりと推しの授業を聴きたいところですが、
あまりにもインド訛りの早口英語で、
動画を観ても、悲しいくらいに分からない…。
インド訛り英語は得意だと思ってただけに
打ちのめされました。
イスラムに関する英単語の理解が圧倒的に足りないということもあるんですけどね。
もっと若い時に気合い入れて英語をやっておくんだったなと本当に後悔。
そうすれば、新しい言語にチャレンジする気にもなるだろうに。
どれも中途半端。
ま、長生きするかもしれないし、もしまだ命が続くようなら、希望だけは持っておこう。
イスラムでは、やらなくても、
「今、やろうとしてたんだよー」(息子の言い訳と同じ…)という状態でも「エライね」と褒めてもらえるので、気持ちだけは持っていよう。
でも、このやる気のタネみたいなものを
常に持ち続けるってことは
意外に侮れないと思っている。
なぜなら、タネさえ心の中にあれば、いつか行動に結びつく。タネがなければ、行動には結びつくことはない。これ、当たり前のことだけど、忘れがち。
そこをきちんと理解しているというか、
評価対象にしていると知ったとき、
うまいなあ〜、人間の心理を熟知してるなあと感心した。
お前に言われたかないって言われそうだが。
というわけで、やっぱり
イスラムでも
知識しか勝たん!
というお話しでした。
