今日は誕生日。
ハッピバースデーのハッピーな朝を迎えたかったがなんだか辛い気持ちになる夢をみて目醒めた。
でも別の観点からすると、それはとてもハッピーな夢だとも思って、人間の脳みその仕組みに感動している。(と同時にアッラーにも)
今日は気持ちを整理するために自分の忘備録として書く。
なので本当につまらない内容なので読まないことをお勧めする。しかもきっと長くなる。
別の方のブログへ飛んだ方がよいです。
さて、本日はちょうど仕事も休み。
でも、遠出したい気分ではないから近場(池袋か上野か新宿あたり)で映画でも見て、お一人様ランチでもしてこようかと思っている。
子どもの頃はいわゆる多摩エリアに住んでいたから都内は「わさわざ出る」場所だったが、大人になって23区内に住んでみると色々便利で助かることに気づく。
新しい職場は相変わらず超がいくつも付くくらいに暇で、私はひたすらに内閣府が全国の自治体でその仕事をする人達のために作成したという大量の研修動画をひたすらに眺めている。
よく役所に行くと、本当に暇そうで何してんの?このおっさん達は?!
という部署を発見して税金の無駄遣いだなんて憤ることがあったが、私は今、まさにそのような存在なんだなと思うと笑える。
でもたまに仕事もしてるし、そのときは全力で区民のために心を注いでいると付け加えておく。
しかししかし、その内閣府が作成した動画はなかなか良い。その分野の第一線で活躍されている専門家の方々が講義してくれるのだが、私の知的好奇心は大いに刺激を受け、かつものすごい勉強になっている。
そんでもって私はその動画で自分の育ってきた環境による影響や被害の重さを改めて知ってしまいかなりショックを受けた。
その研修動画を見始めてから、脳みそを掻き回されぱなしで、暇な仕事なのにぐったりして帰宅する日々。
端的に言えば、本当に本当にDV、ドメスティックバイオレンス、つまり配偶者からの暴力は猛毒でしかないということだ。あらゆる暴力はいいことなんてない。でも人間は暴力が好きだよね。
映画なんて暴力モノばっかりだ!
私が育った環境はDVが凄まじかったし、統計的に夫婦間のDVがある家庭では子どもへの虐待もかなり高い率で行われているのだが、まさにその通りで、こちらはそんな風に思っていなかったが親からは躾だと言われていた、あれらの暴力は本当に子育てには必要のないものだったんだと改めて納得。
今では親のDVを見せることは虐待となるので(面前DVと言う)児童相談所に通報されて子どもを保護されても文句は言えないとなっているけれども、
まさに当時、私が見たり受けていた暴力は今のレベルでは当たり前に警察、児童相談所介入案件だ!幼かった私が影響を受けるのは当然だ。
そして断片的に思い出す母親の言動から、DVを受けている母親にありがちな育児能力の低下が私の母親にもあったのだと思われ、特に両親にとって最初の子である私は、その影響を強く受けてしまったのではないかと気がついた。
私が大学を卒業する頃には「アダルトチルドレン」ブームのようなものがあって、その手の本をやたらと読み、自分なりに自分の不完全さを理解し「サバイバー」になったよね!なんて思っていたが、いやいや子ども時代に植え付けられた思考の癖はそんな簡単に人の脳から離れてはくれない。
研修動画で示される内容に、「先生方、私の人生のやっちまったエピソード見てきたんでしょ?」と言いたくなるような恥ずかしさと同時に悲しさで混乱させられた。
私が常々自分に感じる「おかしさ」は、かなりの部分で環境によって形成されたんだろうなと知り、恐ろしくなった。
そしてその「おかしさ」が息子にこれが引き継がれていないかということに。
私は幸い、というべきか親とは音信不通。母親からはよく「あんたは心臓に毛が生えている」と揶揄されたが、幼い子どもが必死で精神を守るためにいわゆる「乖離状態」を作り出したりしていたのではないかと思う。
この歳になってかなり減ったけれども、それでも時々、猛烈なストレスに晒されると「不思議の国のアリス症候群」が始まってしまう。
これも乖離の一種らしいけど、子どもの頃は毎日起こっていた。いつも視点が天井からの眺めになったり、自分の感覚が体から完全に離れてしまい、身体をそのへんに置かれた物体としか感じなくてとても不思議。その次は身体がどんどん膨らんで当時住んでいた団地くらいまで膨れ上がるのだ。うまく説明できないけれど、想像とかではなく、本当にそう感じていて、はやく元のサイズに戻りたいのになかなか戻れなくて少し怖かったのを覚えている。
今は慣れてしまったので、あ、またか、で終わる。
親に会わないことは私の精神的な健康を守るためには、やはり大事なことなので、これからも会わないでおこうと改めて誓った。
息子への影響。
これは多少あるはず。
ただ幸いと言うべきか、私はずっとシングルマザーだったし、今もパートナーはいるけれど正直言って、数年前(コロナのせいでガーナで閉じ込められた後)から、私の気持ちが離れてしまっていて一緒に住む気になれず、なんだかんだで、ずっと息子と二人暮らし。
このお陰で問題はあったにせよ、その影響は小さかったのでは?と思っている。
息子本人に確かめないとわからないけれど、
少なくとも、中学生の息子がごくごくたまにスキンシップを求めて甘えてくる姿を見たり、たまに色々と話してくれる姿を見ると、自分と親との関係とは全く違うなと安心する。
さらに今は私の影響を受けないように寮に入れたし、私自身への理解度もこうして深まっているし、息子はすでに私とは全く違う人生を歩んでいることを私が受け入れられるようになってきているので、なんとなく大丈夫かな?と思っている。
息子の父親が事故で死んだり、私がパートナーになる人とはことごとく上手くいかない、変な人を選んでしまうとか、でもなんとかギリギリ悪い方へはいかずに生き残ってこれたこと、ムスリムになった今では「神の采配」だと思って感謝できるのが、なんだか好きだ。
私を通り過ぎていった男たちは変人ではあったが悪人ではなかった、と思う。まだ完全に切れてはいないが、今のパートナーも悪人ではないが、残念だけど知性が欠けている。
私だって大した知性はないけれど、それでもやっぱり合わないという事実を受け入れるしかない。
そんな彼らに助けられたことは当然たくさんある。
私にとっての男、特に結婚は人生のステップ、カタカナで言うと表現が柔らかくなっていいね、日本語で言えば、「踏み台」なんだけど、この表現だと露骨すぎるが、これが本当のことだろう。
男達を踏み台にして人生のステージを上げてきた。
虐待とDVで癖のある思考と行動をとりがちな私が堕ちすぎて立ち上がれなくなるほどのところまで堕ちることもなく、なんとか世の中の端っこでギリギリ生きてこれたのも、変な男達だけど、人生の要所要所で私に必要な経験と知識を与えてくれたりすること、これらが「神の采配」でなくしてなんと言えばいいのだろう。
信仰がない人には、こういう考えは気持ちが悪いのかもしれない。昔の私ならそう思っただろう。でも「僥倖」とも言いたくなるような出来事が起きたとき、または人生そのものが「僥倖」だと感じられたとき、その気持ちをどこへ向けたら良いのだろう。
やっぱり自然と「神様、ありがとう!」ってなるような気がする。
私が25で最初の結婚をしたとき、その結婚は親から離れるための、親が一番嫌うような男と暮らした日々だったが、最初の数年間はほんとにほぼ毎晩、両親から殺される夢を見て自分の絶叫する声に驚いて夜中に起きるということが続いていたけれど、それは虐待から離れた人によくあることらしい。
当時の夫は、これは日本にいてもこの人は癒されることはない、と気がついたのか、私を長い旅に連れ出してくれた。
全てのものを処分してしまっても生きていけることを教えてくれたのは彼だった。
私は幼い頃の写真が一枚もない。私の手元にあるのは息子を妊娠してからのものしかない。
インド留学時代や学生時代の写真はイタリアに置いてきたまま。どうせ捨てられているだろう。
取りに行きたいと思っていたら、コロナで世界はとんでもないことになってしまったし、今はウクライナとロシアの戦争で飛行機のチケットも航空燃料代が今日から爆上がりするらしいしで、本当に海外が遠くなってしまった。
たまに思い出の写真がないことを寂しく思うこともあるが、写真のあるなしは生きていくのにあまり影響はない。記憶は脳みそにしまってあるし。
息子に旅の思い出は見せたかったけれど。
それにしても今朝の夢は、おかしかった。
とうとう私の恋愛は性別を超えて、女性に向かい、とても素敵なスレンダーな彼女がいて、その彼女から泣きながら私のことが大好きで堪らないとハグされているというものだった。
私ももちろん、彼女が大好きで、そんなことを言ってもらえて嬉しくて堪らないという状況だった。
その前の場面では、なんと、私は母親を藁縄みたいなもので思いっきり打ちのめしていた!これから父親も打ちのめしてやるからな、待ってろよ的な話しで、ああ、目醒めたときはもっと鮮明に覚えていたのに、二度寝して記憶が薄れてしまった。くそっ。
その私に打ちのめされた後の母親のものすごい怒りと怨念に満ちた形相が忘れられない。恐ろしい顔だった。
激しいDVを受けていた母も相当に辛かったんだろうとは思う。何度も「離婚して田舎に帰ればいいじゃん!おじいちゃんとこに住もう!」と母に提言したけれど、絶対に離婚とか別居をしないでとうとう精神を病んでしまった母(その介護は勿論、私の役目だったし!)
こういう環境で育った女は面倒だ。できたら付き合わない方が良い。
息子に私みたいな環境で育った彼女が出来たら忠告してしまうだろう。彼女の人生を背負う気がないなら別れた方が良いと。程よい距離でヘルプするならいいが、寄り掛かられて依存されたら大変だからだ。それか彼女の成長と共に彼女があんたから去って行くことを込みで愛せるなら一緒にいたら?と。
勿論、どんな環境に育っても精神的に成熟していれば問題ない。
少なくとも私は「成熟」には程遠いレベルでいつも腐って臭い汁を垂れ流していたと思う。
だから私はやっぱりひとりが好きなんだなと納得している。臭い汁を誰に嗅がれるのが嫌だから。
ひとりでいるのが楽しいからこそ、たまに友人と過ごす時間も楽しめる。
この歳になって、やっと性欲も収まってきたし(昔はやっぱり元気よかった…)やっとやっと落ち着いた日々が来るのかもしれない。
でも、そういう気づきがあると突然、病気で死んだりするんだよねー。
ま、そんときはそんとき。
ただ万が一長生きしちゃうかもしれないから、
絶賛(少しだけ)頑張ってる訳だけど、既に気分は老後。
マジ老後の気分。
だから園芸に燃えてるのかも。
てか、老後の気分ってなんだ?
という訳で、おばあちゃんになった私は👵🏼
今年も楽しく生きていくことをここに誓います!
