最近、友人が引っ越しを期に、ずっと単身赴任していたご主人と2匹のネコとが合流し、久々に家族全員が揃ったということで、わたしと息子で遊びに行くことにした。


わたしは息子が産まれる前から、友人宅のネコ達とは付き合いがあり、もちろん息子が産まれてからも、友人一家とはしょっ中会う仲だったので、ネコ達も常にわたしや息子のそばにいた。


息子が産まれてすぐの頃、まだ寝返りも出来ない頃の話しだが、おむつを換えようと息子の肌着をめくったら、肌着の合わせの中から、ものすごく大きな殿様バッタだったか、ショウリョウバッタがびよーーんと飛び出してきて、そこにいた大人達が皆、ギャーーーー!!となったのだが、

そんなことをするのはネコ達意外におらず、

驚いた後は大爆笑になったというネコ好きならクスリとしてしまう楽しい思い出がある。


友人曰く『この世界へようこそ!みたいな感じでお祝いの品を持ってきたのでは?』と解説してくれたが、ネコがギョッとするような貢ぎ物をするのはよくある話しだ。


ちなみに、わたしは酷いネコアレルギーを持っているのだが、なぜかこの友人のネコ達には一切アレルギーが出なかった。


そしてしばらくネコ達とは会えないくらい遠くに

わたし達は移ってしまった。



だから、ネコ達と再会したのは、本当に7〜8年振りなのだが、飼い主である友人が断言した。ネコ達は

「khaddyちゃんと息子ちゃんのことをちゃんと覚えている!」と。


友人宅に人が訪ねて来ても、ネコ達にとって初対面だとか知らない人だとネコ達は絶対に出てこないそうだ。


ところが、わたしと息子がネコ達の前に現れて、一瞬隠れてみたものの、

「あれ?ん?ちょっと確認させてーな」

みたいな感じで、わたしや息子の指先の匂いをくんくんと嗅いで、「しゃーないなー」みたいな顔をしつつも、わたしに撫でられてみたりしてからは、

昔と同じように、近くに来たり、無視したり、その辺でゴロリとしている。

可愛すぎてわたしにはがいじめにされて、匂いをクンクンとかがれても「はーー、もうこの人、しつこいけど、久々やし、がまんするかー」みたいな顔して大人しくしている。


そう、ネコ達は本当にわたし達を記憶していたのだ。


ネコってこんなに記憶力いいの?!

ということにも驚いたが、なによりもネコ達に覚えてもらっていたことが嬉しくて仕方がなかった。

自分でも驚くくらい感激した。

これは断言するが、人間に覚えてもらっていても、ここまで感動しないと思う。

人間の場合、忘れてしまう人というのは、そこまで思い入れがない証拠だから、わたしも忘れられたりするのはその関係性に寄ることくらい納得しているので、なんとも思わない。

また、身内がボケて家族を忘れるのとは意味が違う。


兎にも角にも、ネコがその愛らしい姿と行動で、わたし達を覚えているよと教えてくれたことが愛おしい。

そのことで、こんなにも強烈にわたしを癒したことにも驚いた。

病んでるのかな、わたし…(笑)


今でも友人のネコ達を思い出すだけで、

心がほにゃ〜ん、はにゃ〜ん、ととろけ出す。


す、すごいよ、ネコパワー。


そりゃ、古代人もネコを神様にするのも無理はない。

(ちょっと違うか…)


絶対に前にどこかに書いたが、

癌か何かで亡くなることがわかっている身よりのない患者さんが

自分を取り上げた産婆さんに

自分が産まれたときの様子を何度も何度も何度も

話してくれとせがみ、高齢の産婆さんが、何度でもその時の話しをすると言う、なんのドキュメンタリー番組だったか失念したが、その場面だけを鮮明に覚えている。忘れることができないでいる。


人は自分以外の人間から忘れられることを恐れる生き物なのだろうか。


銅像を作ったり、肖像画を描いてもらったり、力のある者は必ず何かを残そうとする。


宇宙や地球の時間、生命や人類の発祥からの時間と比べたら、人ひとりの時間なんて、ほんの一瞬。

瞬きしたら終わってしまうような時間だ。


そう思うと、生まれた瞬間から生の虚しさを抱えている人間の『誰かの記憶に残りたい』という欲望は人間たらしめる所以なのかもしれない。


は〜〜〜、ネコと暮らしたい!!!