この記事を読んで、改めてお遍路は良かったなあと
昔を思い出している。
過去のどこかのブログでも書いたような気がするが、
その昔、まだ世の中に携帯電話も普及する前の時代に当時のパートナーと一緒にお遍路をした。
乗り物には一切乗らない気合の入った歩き遍路であった。
お遍路をすると誰でも本の一冊や二冊、書きたくなるような経験をする。
わたしもお遍路の道中で「遍土」と呼ばれる、一生お遍路をし続ける覚悟で生きている人達ともたくさん出会ったし、遍路宿の名物女将に励まされたり、泣かされたり、オカルトチックな不思議な出来事があったり、もちろんパートナーとは喧嘩しまくりだったし、本当に盛りだくさんの一か月だった。
それで思い出した。
わたしは遍路宿をやりたかったんだ。
旅好きな人間のよくあるゴールとして
ゲストハウスを始めるって、よくある話しでしょ。
知り合いに足摺岬にある、昔はたくさんの漁師を住まわせていたような大きな家や、やはり岬の丘の上の遍路道に近い物件を紹介してもらったりしたこともあった。
でもご縁がなくて出来なかった。
寺守りも憧れたなあ。
そこでついでにお遍路さんを泊めてあげたりする。
そんな夢を見ていたこともあった。
今もしたいだろうか?
どうだろう。
しかし、イスラム教徒になったから真言仏教のお大師さんを奉ずるお遍路さんの片棒を担ぐようなことしたらダメじゃない?
とも思ったが、お遍路宿、久百々の奥さんは天理教だったし関係ないんだろう。
田舎、農業、遍路宿…
好きだけれど、まだまだ東京から離れられないなあ。
なんだかんだで自分が育った土地というのには縛られるものなのだろうか。
学生時代の友人に田舎もいいんだけどねーと言うと、
「やっぱりオマエは都会の人間だよ。ネオンが似合うんだよ」
と言うから、
えー!わたしそんなにオサレ?!って聞いたら、それとコレとは違うとバッサリ。
本当にわたしはどこへ流れていくのだろう。
こんな歳になっても、
こんなプラプラな生き方で大丈夫⁉️
と他人語のように言ってみる。

