人間、齢を重ねて死を意識するようになると
きっと誰もが遺言めいたことを残したいと思うようになるのではないだろうか。

 ましてや、作家とか芸術家とかクリエイティブな活動をしてきた人なら、後世へのメッセージとかを形にして残したいと思うのではないだろうか。

 そんな感想を、息子と出掛けた『Ready player one』を観た後に持った。

 映画は純粋に楽しめた。
 80年代に現役だった人なら、当時の音楽や私は詳しくないが日本の有名な漫画のことも出て来たりして、
クスっとなるポイントがあったりする。

ネタバレになるから、あまり書かないけれど
これからどんどんと進むであろうVRの時代に対して
スピルバーグさんとしては、これこれ、このような意識を持って新しい時代を楽しんで欲しい…
という思いをこの映画に込めたのではないか、と私は勝手に深読みしてしまった。

映画の中で、アバター同士が戦うのだけど
私ならどんなアバターにするかな…と
想像したら、ちょっと作ってみたいなあと思ってしまった。

ま、ある意味、ブログというのも
形こそないが、文章によるアバターを作り上げているようなものなのかもしれない。
だって文章を読みながら、その人がどんな人なのか
誰だって想像するに違いない。きっと、こんな人なのかな〜と 頭の中で姿形を思い浮かべてみたりするだろう。

それに「このように見られたい」という理想像、虚像があって、それを演じるように文章を書くことも出来るわけだから(文章力があれば)まさにアバターだ。

そして、この映画のようにアバター同士、仲良くなり
リアルでも友情を深めていくこともある。
私も、あちこちブログを引っ越したりしているのに
有難いことに、それにちゃんと付いてきてくれて(本当に有難いことです)
ブログ上のお付き合いが続いているし
ここでの出会いから、日常生活で助けてもらったり
会ったりもしている!

 リアルな世界とバーチャルの世界にあまりにも乖離があると、たぶん、あまり良いことは起きないと思う。
その乖離を充分には楽しめるのは、本当に成熟した人じゃないと無理だろう。

例えば、見た目には分からないけれど
実はすんごいハードなSMプレイを楽しんでるとか、
そういうのを楽しめるのは
実は頭が良くないと出来ないのではないだろうか。
(お勉強的、『頭良い』ではないのは勿論だ)

でも、それも途中の過程に過ぎなくて
もっと人間が成熟したら 
そんなことも必要なくなるとは思うけど。

先週は
『女は2度決断する」も観たのだが、 
その感想はまた今度…