何気なく手にした本を読んでいたら
その中に書かれていることと
例えば、今日、さっき起こったことがシンクロしていてビックリしたりする。
スピ系なら「やっぱ私、引き寄せてる?ウシシシ
」となるのか…
スピ系嫌いのイスラム教徒の私の場合は
「必要なモノ、コトはベストなタイミングでアッラーが与えてくださる」
となる
ね。
まあ、そんな前置きは置いといて
返却期間もとうに過ぎて
図書館に早く返さないといけない本がある。
どのページも興味をそそられる内容で
つい一字一字を丁寧に追ってしまい
なかなか読み終わらない、読み終わりたくない感じだ。
今回はそんな私が夢中になって読んでいる本の中から
心底ゾーーーーッとした(しているし、次の行動を本気で考えることに至った)話を紹介したい。
件の本は
米原万理ベストエッセイⅠ 米原万里著 角川文庫
である。
私はこの方のファンだっただけに、その早すぎる死にショックを受けたものだ。
そして私も歳をとって色々経験した今、
改めて彼女のエッセイを読むと
彼女の視点と自分の視点が昔よりも
より濃く重なるのを感じる。
しばらくこのシリーズを読んでみようと思った。
で、ゾーーーーーっとした話。
それは本の中程にある
「甘い言葉には裏がある」という話から。
そのエッセイの九十ページ当たりからがいよいよ恐ろしい。
長いけれど、頑張って引用してみたい。
(頑張るぞ💪)
まさに『戦争プロパガンダ10の法則』(アンヌ・モレリ著 永田千奈訳 草思社)に記されている通り。
ベースになっているのは、アーサー・ポンソンビーが著した『戦時の嘘』(一九二八年)。ポンソンビーは、第一次世界大戦前後に、イギリス政府の戦争動員政策に果敢に反対し続けた政治家で、「国民に義憤、恐怖、憎悪を吹き込み、愛国心を煽り、多くの志願兵をかき集めるため、『嘘』をつくりあげ、広めた」として、政府が国民を戦争に動員していくために用いる嘘のつきかたに10のパターンがあるのを発見した。
中略
百年一日のごとく各国国民は騙され続けているわけで、全く学習能力がないのも悔しいので、一応、この10パターンだけは押さえておこう。
まず戦争を始める為政者は、必ず「われわれは戦争をしたくはない」(第一の法則)と主張する。争いを憎み平和のために最大限努力したのに、「敵側が一方的に戦争を望んでいる」(第二の法則)のだと。それもこれも「敵の指導者は悪魔のような人間だ」(第三の法則)からで、「われわれは領土や覇権のためでなく、偉大な使命のために戦う」(第四の法則)のだ、と自分たちの戦争の神聖さを強調する。あのヒットラーの側近ゲーリングでさえ、自国の労働者に向かって、「ドイツは戦争を望んではいない。だが、欧州を戦火にまきこもうとうとする者があれば、われわれドイツは防衛のために立ち上がるだろう」とアジっているのだ。
しかし実際に戦争になれば、一般市民の殺傷に関する情報も入ってくる。厭戦気分の広がりを阻止するため、「われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる」(第五の法則)と自己弁護と同時に敵の邪悪さを強調する。「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」(第六の法則)と、あたかも自分たちは正々堂々と卑劣ではない兵器を用いているかのような口ぶりをする。にもかかわらず、「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大」(第七の法則)と数字の操作をし、「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」(第八の法則)と御用文化人や御用作家を動員し、それもこれも「われわれの大義は神聖なもの」(第九の法則)だからこそであることをことあるごとに喧伝し、従って、国民たる者、この戦争に協力するのは当然で、「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」(第十の法則)、非国民である、ということになる。
ふーーー!
頑張ったぞ。
ねえねえ、最近
どこかで聞いた台詞ありませんでしたか?
数日前、
私は「第一の法則」の言葉を口にしている
誰かさんの映像をネットで見てしまった。
そしてそのお友達は
共通の敵とする人を「第三の法則」で揶揄してるしね。
既に第四あたりですよね?ここ最近は…
どう思います?
どうか、第五、第六と進んで行きませんようにと
祈るだけです。
